ブロックチェーン技術で「三式簿記」へ進化。複式簿記はアップデートされるか。

ブロックチェーン技術とは何か?

ブロックチェーンは簡単に説明すると、

情報を一定の大きさのブロックに記録し、暗号技術を施した上で、それをブロック状につなげる技術

のことをいいます。

その特徴は従来のような、

「銀行や政府機関など、特定の権威者が独占的に台帳を管理する」

ものではなく、

「独立した複数のコンピュータにそれぞれの取引コピーを保管する分散ネットワークの形態をとる」

点です。要は、権威の源であった情報の集約・独占が分散化されるというもの。

この技術により、今まで情報管理を担う権限を有していた組織、たとえば銀行などの業務に大きな影響を及ぼすと考えられています。

それでは、このブロックチェーン技術が複式簿記にいかに革命を及ぼすのでしょうか。

まずは、簿記概念についておさらいしましょう。

もっとも原始的な簿記は「単式簿記」です。

複式簿記の誕生から500年超。

その長い歴史の中で、時価会計や現在価値概念の導入、税効果会計や退職給付会計の精緻化など、より複雑な技術へと進化していきました。

しかし、それらはあくまで漸次的な進化に過ぎず、他のイノベーション、たとえば機械や情報技術に代表される科学技術、民主主義やグローバリゼーションなど社会的技術の発達に比べたら、

「帳簿技術において革命的な変化は、いまだ起きていない」

といっても過言ではないといえるでしょう。

ところが現代において、ついに複式簿記に画期的なイノベーションが起きるかもしれません。

その技術的背景は、いま話題のブロックチェーンです。

単式簿記の誕生と歴史

単式簿記は紀元前509年から始まる古代ローマの彫刻の中でも記載されていることから数千年前に発明されたと考えられています。

貨幣を仲介して取引をする貨幣経済が地上に登場すると、金銭的価値交換の記録が必要になるので、単式簿記の誕生も、ほぼ同時期と考えられるのではないでしょうか。

単式簿記は、現金の「払い、入り」だけを記録する、非常にシンプルな技術です。

これは、取引時に貨幣を支払うという単純な取引においては十分機能しますが、信用による後払いなど、複雑な取引が発達してくると、取引の実態を表現することができません。

それでも15世紀にイタリアで複式簿記が登場するまで、歴史上長らく利用されていました。

単式簿記の欠点を挙げると次の通りです。

・現金の絡まない取引については記録することができない。

・記録されない現金取引は、誰も検証することができない。

・儲かっているか(利益 )測定できない。

・ある時点における資産、負債の情報(貸借対照表)がわからない。

複雑な経済取引を行うのは不可能ですし、会社の財政状態や損益状況を判断して、お金を貸すこともできません。

その結果、経済活動は拡大することができません。

このような単式簿記の世界に革命を起こしたのが、複式簿記技術です。

 

ブロックチェーン前夜の複式簿記

複式簿記は現在一般的に使われている簿記技術で、ご存知の通り資産、負債、費用、収益、資本の要素に分けて、取引を記帳します。

(借方) 取引                      (貸方) 取引

と記載すること(→これを仕訳すると言います。)で、取引を2面(損益サイドと資産サイド)から捉えることができる点が革命的でした。

しかし、この複式簿記も万能ではなく、欠点があります。

それは、

「取引の実態(及びその根拠)と記録(会計仕訳)が分離」

していることから、

「実態の無い、または実態とは異なる会計仕訳が計上されるおそれ」

がある点。

つまり、「不正会計・粉飾決算」が行われる余地が残る点です。

資本主義経済を円滑に回すためには、投資が自由に安全に行われる必要があり、そのためには粉飾決算から投資家や債権者を保護しなければなりません。

そのために、外部の第三者の立場で企業の会計・決算をチェックする会計監査人という職業が誕生したことは、みなさんご存知かと思います。

ところが、今日でも日々世界中で多くの会計不正の事件が新聞紙面を賑わしているとおり、会計監査制度が発達した今日においても、この複式簿記の欠点は解決することができないでいます。

翻って現代、科学技術の発達により、とうとうこの複式簿記の欠点を解決できる可能性がでてきました。

それがブロックチェーン技術を用いた「三式簿記」です。

 

三式簿記のすごいところはどこ?

三式簿記(Tripple Entry Accounting)とは、2005年に暗号専門家のIann Griggという人が提唱された技術理論ですが、もともとは、戦前生まれの日本人で、カーネギーメロン大学の会計学部名誉教授まで出世した井尻雄士教授が1989年に発表した「三式簿記の研究」が理論的基礎となっていると考えられます。

まずは、元祖三式簿記である井尻教授の理論を見てみましょう。井尻教授は、3式簿記の機能的意義として、「未来を反映する簿記」であること、また「利益の稼得スピードを反映する簿記」であることが挙げられます。

 未来を反映する簿記

三式簿記は、「未来概念を含めた複式簿記の発展系」とする考え方ができます。

例えば資金調達という取引があった場合、以下の会計仕訳となります。

(借方) 現金 100       (貸方) 資本 100

複式簿記はここまででおわりです。この仕訳により取引の現在と過去を記録することができます。つまり、

現金 100 → 今現在、会社に現金が100ある。

資本 100 → 過去の一時点で、直接資本の形式で100資金調達した。

三式簿記では、これに未来概念を追加します。

(借方) 現金     100     |   (貸方)    資本        100

(借方) 予想費用 10   | (貸方)    予想収益  20
                                                                            目標資本 90

これは、複式簿記における資金調達の仕訳に加えて、『調達した資本の使い道』までを記録するもの。つまり、三式簿記は、

未来志向 ≒ 予算を簿記に組み込む

という感じです。

この結果、過去(損益計算書:PL、貸借対照表:BSの右側)と現在(貸借対照表:BSの左側の結果である財務諸表が、未来を予測することが可能な財務諸表へとアップデートされます。

利益の稼得スピードを反映する簿記

三式簿記に関するもう一つの考え方は、「変化概念」を含めた複式簿記の発展系とする考え方で、利益を稼ぐ速度を簿記に折り込みます。

井尻教授は、この利益を稼ぐ速度を「利速」と表現しています。

この「利速」という考え方は、

複式簿記のPL(損益計算書)上において、『一定期間における利益額』しか表現できない

ことに対する、進化概念として提唱されています。

少しわかりづらいですが、変化の速い現代の企業競争において、利益の総額も大事だけれど、瞬間風速たる利益獲得のスピードも大事だろうということ。

財産はある一時点おけるストックであり、利益は一定期間のフローに加え、利益の変化量である「利力」を財務諸表に取り入れようとする考え方です。

「利力」とは、表示された利益生み出す利速をいいます。

なお、利速は、利益を獲得する変化量であり、変化量の計算は数学で習ったように、微分を用いれば算定することができます。この際、利力を表す何かしらの勘定科目が必要となります。

少し、学問的になってしまいましたが、つまり、三式簿記では、従来の簿記で可能であった、一定時点における「財政状態」や一定期間の「経営成績」を表示することに加え、「未来を反映すること」や「その利益獲得のスピード」を組み込むことができるのです。

過去の積み重ねや現時点における情報のみならず、未来予測を取り入れた財務諸表や、利益の総量だけではなく、利益の稼得速度も表現する財務諸表

会計業界で働く者としてはワクワクしますね。

現代のようにテクノロジーの進化が早く、ドル箱ビジネスがすぐに新しい事業や企業にとって代わるような経済環境下においては、特に有用かと思います。

 

ブロックチェーン技術を用いた三式簿記

この井尻教授が提唱した「三式簿記」、従来は実際にやろうとすると、事務処理の煩雑さや微分適用などの知的ハードルが高くて技術的に不可能。机上の空論に過ぎませんでした。

ところがブロックチェーン技術での会計記帳自動化や、AI・クラウド会計などの登場により、複雑な会計処理でもコンピュータの性能を使って簡単に行うことができるようになってきたことで、「三式簿記」が現実味を帯びてきました。

ブロックチェーンの基礎理論に関する論文は、いまだに正体不明の「ナカモトサトシ」により2008年に発表されました。井尻教授の考えにやっと時代が追い付いてきたというところでしょうか。

私の解釈では、このブロックチェーンを使った簿記技術の概要は、以下の感じかと推測します。

売主 (借方) 現金 100 |     (貸方) 売上 100      |     

買主 (借方) 仕入 100 |     (貸方) 現金 100      |     

」は、取引仕訳にブロックチェーンをデジタル的にタイムスタンプ、必要に応じてスマートコントラクトの内容が付記されるというもの。

取引のタイミングで取引の当事者がデジタル上で同時記帳するため、仕訳ミスや会計不正があった場合は、システム上の不一致として検出することができます。

 

三式簿記のメリット

ブロックチェーン三式簿記を現代の会計実務に適用するメリットは、次のようなところにあると考えます。

①リアルタイム記録

ブロックチェーンを利用した簿記においては、会計に関する各取引、例えば販売や経費の発生などについて、取引発生時にブロックチェーンによりデジタル処理することになりますが、この際に「タイムスタンプ」(ブロックチェーンに時間情報を付与する)ことで取引発生の時系列も管理でき、取引発生の都度財務諸表が更新されることになります。

②取引実態と記録の一致

上記のリアルタイム記録と関連しますが、ブロックチェーン技術においては、複式簿記の弱点であった「取引の実態(及びその根拠証憑)と記録(会計仕訳)が分離」という問題解消されます。

ブロックチェーンにおいては、「スマートコントラクト」という機能を実装することができるといいます。

この「スマートコントラクト」は、ブロックチェーンデータの中に契約条項をプログラムし、特定のイベントが発生した際に自動的に契約条項を履行するというもの。

この技術により、いわば会計記録の中に根拠証憑が埋め込まれるような形になり、従来のように根拠証憑から会計仕訳を記帳するという流れが不要になりそうです。

(従来)取引実態(根拠証憑)→ 会計仕訳 

(今後)取引実態(根拠証憑)= 会計仕訳 

③改ざん不可能

取引には、最低でも2人の当事者がいますが、三式簿記の世界では、取引が当事者間で同時にシステムに記録されますので、片方の当事者よる一方的な変更は認められません。

また、ブロックチェーン情報は多数のノード(無数の個々のパソコン)に分散して記録されるため、情報の改ざんは不可能。

既にブロックチェーン技術が利用されているビットコインなど暗号通貨でも、この特性が使われています。会計帳簿においては、たとえ変更できたとしても更新記録が残るので足がつくといわれています。

④逐次監視可能

基本的には、ブロックチェーンは分散型ネットワークですので、情報はノード(無数の個々のパソコン)に記録されます。

ただし、ブロックチェーン技術には「パブリックチェーン」、「プライベートチェーン」という概念があり、「プライベートチェーン」にすれば、指定された範囲内における個々のノードにおいてのみブロックチェーンが生成されることで、外部からの情報閲覧を制限することもできるということです。

企業の取引記録は機密情報であるため、特定の利害関係者(経営者、取締役会、監査役会、財務経理部、監査法人、顧問税理士)のみに情報公開するようなプライベートチェーン方式を用いると思われます。

さていかがでしょうか。

既に技術的には実現可能なものとなっているブロックチェーン式「三式簿記」。

そろそろ簿記原理自体についてアップデートするときが来ているのかもしれません。

今後の会計経理職に求められる能力は、会計原則の知識や会計実務の経験はもちろん、デジタルインフォメーションに関する知見が重要になっていくのは間違いないように思われます。

 

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