シンガポールの社会問題。今後も輝き続けることができるのか。

シンガポールは、奇跡的な経済発展を成し遂げた国として世界に名高いです。「世界競争力報告」(世界経済フォーラム公表)や競争力ランキング(IMDビジネススクール)などで世界1位の評価を得ており、多くの国がシンガポールの成功要因を分析し、自国の発展に取り入れようとしています。

当ブログでも、以下の記事において、シンガポールの強さの秘密について考察しています。

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さて、そのような輝かしい経済的な成果をもたらしているシンガポールですが、全てが順風満帆と言えるのでしょうか。

どんな成功も、その裏には副作用、負の側面があるもの。

今回は、シンガポールの負の側面について考察してみたいと思います。

今回参考にしたのが「シンガポールの光と影:この国の映画監督たち」。

 

 

本書は、シンガポールの映画史と現代の映画作品を通じて、シンガポールの社会問題を鋭くあぶり出す事に成功した書となっています。

芸術家は自身の中に持つ問題意識を芸術作品の中に投影します。そのため、シンガポール映画は、同国がかかえる社会問題を考える上で最も参考になる媒体の一つと言えます。

シンガポールは、国家統制のための「表現の自由」が厳しく制限されていますが、その状況下でも、映画監督たちの挑戦的な努力により、シンガポールの社会問題をあぶりだすような多くの作品が生まれています。

本書では、シンガポールが抱える社会問題として、以下が挙げられています。

 

1.格差社会

2.徴兵制

3.マイノリティと多様性

4.少子高齢化

5.外国人労働者と差別意識

 

本書を参考に、シンガポールが構造的に抱えるその社会問題について紹介したいと思います。

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1.格差社会

1965年に創立された新興国であるシンガポールには、資源も土地もなく、ゼロからのスタートでした。そこでシンガポール建国の父であり、前首相のリー・クアンユー氏は、

肉体的にも精神的にも、通常以上の能力を与えられた五%の者に資源を配分すべきだ

という優生学に基づき国家運営をします。そのため、シンガポールはその国是として能力主義が組み込まれているといえます。

高度の学歴社会であり、教育格差により社会階層が固定化するという日本と同じような問題に加えて、多民族であることによる宗教、民族、言語の違いが格差社会を助長しています。

シンガポールの公用語は英語ですが、各民族でその母語は異なっており、その使用言語は英語のほか中国語、マレー語、インド語などに別れています。

分離・独立運動で勝利を収めた英語教育組エリートが政治、経済の中心となっており、その使用言語の差が生活環境、習慣まで大きく違う身分社会となっています。

格差社会を解消し、だれでも挑戦できる社会を維持できなければ、いずれ不満が爆発し、国民の分裂を招いてしまうので、シンガポールのさらなる発展は難しいのではないでしょうか。

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2.徴兵制

シンガポールでは徴兵制が義務付けられています。シンガポール国民男性及び親が永住権を保持する男子は、通常18歳時に2年間兵役に就くことが義務となっています(学業などの理由で兵役を延期することは可能だが、免除は不可。3年間以下の懲役や罰金刑に処されるとのこと。)

この徴兵ですが、本書によると、シンガポール人にも心理的抵抗があるとのこと。

家族が望む職業一〇業種のうち、兵士は最後だった。最初に芸術家、次が哲学者、教師、商人と続き、九番目が泥棒だ。兵士は軽蔑に値する職業だった。失業率が一四%を超えていた一九六六年末当時、職を得るための最終的手段と考えられていた。

シンガポールの大きさは、東京23区程度。その狭い国土の中に富が詰まっている宝箱のような国とも言えます。

外国からの侵略を防ぐためにも、徴兵制は維持せざるを得ないでしょうが、働き盛りの成年男性が2年間徴兵に行かなければならないという経済的な損失や国民のコンセンサスを得るための努力といったコストも見過ごせません。

シンガポール国内でも、技術革新により昔ながらの2年間の徴兵期間は不要ではないかという議論も出始めているようです。

しかし、徴兵制により多民族の統合を図り、一党独裁である政府がコントロールしやすくなるという政策的な側面もありそう。シンガポールでは当面徴兵制が続くことが予想されます。

3. マイノリティ(LGBTなど)と多様性

欧米先進国においてダイバーシティ(多様性の受容)が叫ばれて久しく、LGBTなどのマイノリティも社会に少しずつ受け入れられ始めていますが、シンガポールの事情は少し複雑です。

外国の優秀な人材や企業を取り込むことで経済的成長を遂げているシンガポールでは少し意外に思いますが、いまだに同性愛は違法行為となっています。

これは、1938年に施行された英国植民地時代の遺物である377A条が未だに効力を発しているため。

「公共または私的を問わず、男性間の猥褻行為、または行為の教唆・斡旋による報酬の収受行為は二年以下の禁固刑に処す」

と規定されています。とはいえ、同条は形式的なものであり、長らく執行された実績はなく、実状は形骸化しているようです。

同国のLGBT運動は、一進一退を繰り返しながら徐々に前進している。政府は、外国人を含めた才能あるLGBTの協力を得る必要性から緩和政策を取る一方、保守派からの攻撃を避けるべく、三七七A条を残しながら「非執行」というバランスを取らざるを得なくなっている。

リー・クアンユー氏も生前、

「同性愛が遺伝に起因するものだとすれば、我々は彼らを助けることも、罰することもできない。時代も環境も変化している状況下では、現実的・実利的に対応する必要がある」

と述べており、LGBTに寛容な姿勢を示しています。

現状は政治に強い影響力を有するキリスト教右派の意見や、「『家族』とは、男性と女性が結婚して子供を産み、家族という枠組みの中で子供を育てることである」とする華人の伝統的な家族観により、そこまでリベラルな姿勢は取ることができないのでしょう。

しかし、極小国であるシンガポールは、「経済的な繁栄」が不可欠です。さらなる経済の発展のためは、今後も引き続き外国から優秀な人材を招致する必要があります。そのためにも、シンガポールはLGBTなどマイノリティも自由に受け入れるダイバーシティ先進国であることが求められるのではないでしょうか。

4. 高齢化社会

シンガポールも日本と同様、高齢化社会へと突入しています(国連定義に準じると、日本は1994年より、シンガポールは2016年より高齢社会とのこと)。

社会保障や年金、定年延長の問題など、まさしく日本と同じような課題を抱えていますが、シンガポールは日本と異なり移民政策を柔軟に取ることができるため、労働力不足は高付加価値人材の移民により対処する方針です。

更に二〇二〇年以降の労働力縮小問題解決を図るため、移民政策維持と共に「知識集約型産業化推進のため、専門職、管理職、経営幹部、技術職を意味するPMETsを二〇一一年の八五万人から二〇三〇年までには一二五万人に増加させる。更に、海外在住シンガポール人二〇万人を活用する必要がある」と強調している。まさに使えるものはすべて使うとの実利主義的思考が見て取れる。

シンガポールでも今後高齢社会が常態化する中で、高齢者を現役世代で支えるためにも、経済成長基調は維持しなければなりません。

 

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外国人労働者

シンガポールは移民を積極的に取り込んでいますが、その内訳はいわゆる肉体労働者であるブルーワーカーと高技能・高知識労働者に分けられます。

外国人向けのビザは、高技能・高知識労働者向けの雇用パスであるEP(Employment Pass)、中熟練労働者向けのSパス、単純労働者向けのWP(Work Permit)の3つがあります。

EP、Sパス保有者は、雇用期間の制限がなく、原則として3年ごとに更新可能であり、永住権取得の権利を持ち、家族帯同も許可されます。比較的高給となることから、シンガポール労働者にとっては就労の機会を奪われる懸念につながっています。

一方、WPについては、特定事業主の下でのみ許可され、住居移転、職業選択の自由はなく、トラックに詰め込まれて仕事現場に向かう姿も度々目撃されるため、「人権上の取り扱い」がしばしば問題になります。

シンガポールにおける外国人労働者の急増により、労働市場の競争激化、不動産や生活費の高騰、渋滞や交通機関の混雑などの社会問題となっており、シンガポール国民の中には、外国人排斥を露骨に主張する者も出始めており、外国人労働者とシンガポール国民の調和が課題です。

さいごに

本書の冒頭に社会学者である内田樹氏の推薦の辞が記載されていますが、こちらが非常に興味深いです。

もし経済成長が鈍化したり、何らかの理由でハブとしての地位を他の都市に奪われた場合には、シンガポールにいなければならない理由がなくなるということでもある。シンガポールが経済活動に有利であることを主たる理由としてそこに暮らす人々は、果たしてシンガポールが落ち目になったときに身銭を切って祖国を支えてくれるだろうか。私はそれが知りたかったのである。

シンガポールが崩れるとしたら、どこから崩れ始めるのか。一党独裁、富裕層への富の集中、高齢化、移民政策の迷走、教育における過剰な競争原理など、日本にそのまま通じる問題をシンガポールも抱えており、日本よりバッファーが薄い分、コントロールを誤ると、制御のむずかしい社会的混乱を招来するリスクがある

また、著者の森田茂氏は以下のように述べています。

皆が皆同じ方向に突き進むのではなく、「多様性に富む生き方」を許容する社会をどのように作り上げるかという思考への転換だと感じ、それを本書の共通テーマとした。まして、「頑張って強国になろう的な発想」は、既に賞味期限切れになっている

 

今はシンガポールが上り調子で、世界からの礼賛が続いていますが、諸行無常、いつかは状況が変わるはずです。経済成長が止まったそのとき、経済的メリットだけでシンガポールに来ている外国人は早々と「次のシンガポール」に移るってしまう可能性がある。そのとき、シンガポールはどのように対処し、どのような国へと向かうのでしょうか。

シンガポールで事業を行うには、その「光」の部分ではなく、むしろ「影」の部分に注意しなければいけない、本書からはそう教えられました。

特に現代は、「金銭的価値」「物質的価値」から「つながり」や「評判」など「質的な価値」「精神的価値」へと重要性が移行する価値観転換の時代。

今後は経済的な成功よりも、文化や芸術、エンターテインメントがより重要になってくるのは間違いありません。そのような時代にシンガポールは上手く適応できるのか、非常に興味深いところであります。

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