シンガポールは1965年に創立された若い国家でもかかわらず、すでに世界有数の先進国にまで発展した奇跡のような国です。
この軌跡をおこした中心人物がリー・クアンユー。
シンガポールは建国者であるリー・クアンユーの思想を色濃く反映しています。
日本における徳川の太平250年が、家康の遺訓を元に運営されていた例を挙げるまでもなく、偉大な建国者の思想はその国の根幹を成します。
リー・クアンユーは2015年に91歳で没するまでシンガポールに多大な影響を与えましたが、2021年現在でも没後10年と経っておらず、リークアンユーの思想が国家方針に重んじられてることは想像に難しくありません。
そのため、シンガポールを理解する上で、リー・クアンユーがその生前に何を語っていたかを知ることは非常に有益なのは間違い有りません。
今回は2013年に出版されたリー・クアンユーのインタビュー集「リー・クアンユー世界を語る」(著者:グラハム・アリソン他)を参考に、リー・クアンユーの「国家のあり方に対する考え」「移民政策」「人間観」について考えてみたいと思います。
シンガポール発展の理由 シンガポールは世界で最も経済的に成功している国の一つと言えます。たとえば、以下のランキングに見て取ることができます。 世界競争力報告(世界経済フォーラムWEF) ランキング世界1位(2019年度、前年は2位)。「[…]
国家のあり方に対する考え
シンガポールを理解するためには、この国がどのような国家思想を元に運営されているかを知る必要があります。
リー・クアンユーの発言から読み取れるのは、成功するベンチャー企業のような精神で運営されてきたということではないでしょうか。
国家の競争力を左右する唯一かつ最重要の要素は、その国の人的資源の質にある。つまり、是が非でも競争に勝とうとする国民の革新性、起業家精神、チームワーク、勤労意欲だ。
後発の国家として他の国と伍していくには、ベンチャースピリットの発揮が必要であると考えていたようです。起業家精神を発揮して新しいチャンスを見出し、イノベーションにより付加価値のある産業を生み出すこと、そして卓越した経営能力により運営していくこと。
リー・クアンユーの国家運営哲学は、まさしく優良な企業運営と同じような考えであったといえそうです。
技術力以上に重要なのは、革新と企業の精神だろう。驚くほど技術が変化している時代には、進取の気質のある人物が新たな機会をとらえ、新しい発想やビジネスを創造する人物が前に進むのだ。
このあたりの思想に今日のシンガポール成功の秘訣がありそうです。最近の日本の停滞は、技術力に比重を置きすぎイノベーションを少しおろそかにしてしまったことも一因にありそうです。
急速にテクノロジーが変化している時代には、アメリカがかつてそうだったように、多数の企業、特に投資家が資金を提供するIT産業のある国が、次の段階の勝者になる。日本、韓国など東アジアの国々は、グローバル化した市場で競争するために根本的な文化の変化を受け入れる必要がある。
シンガポールは現在も、フィンテックやバイオテクノロジー事業などに対して投資インセンティブを設けるなど、新しい産業の誘致を積極的におこなっています。今後も、イノベーティブな事業を展開する企業にとって魅力的な国である努力を続けることは間違いありません。
もちろんシンガポールの成功を見た他の国も、シンガポールを模倣しようとするかもしれません。しかし、シンガポールのようにクリーンで効率的な政府、高度に整備された港やサプライチェーンなどの社会インフラ、魅力的な税制や明確な規制などの制度インフラを整えるのは、簡単ではありません。
引き続き、シンガポールは世界最先端のイノベーション国家としての地位を保ち続けるのではないでしょうか。
移民政策について
シンガポールの特徴の1つとして積極的に外国人を受け入れている移民国家という側面があります。
リー・クアンユーは次のように語っています。
シンガポールが成功するためには、世界中の人材をひきつけ、抱え込み、受け入れることができるように国際世界の中心地になる必要がある。
〜世界での競争力をつけるには、企業は有能な人材を主要ポストに就け、世界各国で組織を運営を任せなければならない。主要ポストには、世界で一番適した人材を登用するのだ。
〜我々は、中国やインドや周辺地域、さらには先進国からできるだけ多くの技能に長けた人材を引きよせ、チームに加われせる魅力を保ち続けなければならない。
リー・クアンユーは、「シンガポール人」を「誰であろうと我が国の一員として受け入れるという国民」と位置づけ、アメリカ人の考え方に近いことを述べています。
我が国の財産はひとえに、生きて機能している有機体だ。そこになくてはならない優秀な頭脳や専門の技能をもった人物が、多くの国から集まり、さまざまな形で力を合わせ、金融サービスや製造業や観光業といったあらゆる経済活動にその専門性を発揮している。そう簡単にまねできることではない。
ところが最近シンガポールでは、移民による住宅価格の高騰や雇用関係悪化などを原因に移民政策への反発が強まっています。
また、最近のアメリカの分断にもみられるように移民の受け入れによる混乱や摩擦も国家を弱める原因になります。
今後、シンガポール政府が移民政策による摩擦にたいしてどのように対処していくかが注目されます。
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ただし、大きな流れとしては、シンガポールの国是である「優秀な人材を世界から集める」という方針は変わらないのではないでしょうか。
優生学に基づく人間観
リー・クアンユーの個性の一つとして、「優生学に基づく人間観」があると思います。
本書のインタビューでも度々関連する発言をしていることから、リー・クアンユーの信条であることが見て取れます。
どこの社会でも、新生児1000人のうち、天才に近い子もいれば、平均的な子も、知恵の遅れた子もいる。最終的に未来を担うことになるのは、平均以上の子や天才に近い子だ。我々は、平等な社会をつくりたい。だれにでも平等な機会を与えたい。だが、内心では、体力や欲求や性向やうまれながらにもつ能力の点で、二人の人間が全くの平等ということはありえないとわかっている。
個人の能力や傾向や気質の70−80%が遺伝的なものだ。受精したその日に、少なくとも70%はすでに決まってしまう。有能になる運命にあるなら、その人は有能に育つ。のんびり屋になる運命にあれば、のんびり屋になる。それを変えることはできない。
人権やら平等主義やらが喧しい現代において、かなりのプラグマティズム的思想です。この考え方が生物学的に正しいか否かはともかく、明確な信念に基づいた国家運営は強力です。平等主義を排して優秀な人を選別し、国家を託していく。これが60年で先進国となった成長の加速装置になったことは間違いありません。
そして、ただ優秀なだけでなく、責任感があり高潔な人物である必要があると語ります。
その人物にタレント性があるかないかは関係ない。私の仕事は、シンガポール国民200万人を託せる責任感のある人物かどうかを瞬時に見極めることだ。相手に責任感がなければ、私は時間を無駄にすることになる。
〜我々はリーダー候補者をヘッドハントし、重責を担えるかテストしている。テストに通過したリーダーだけが、経済を成長させたり、健全な雇用を創出したりできる。
リー・クアンユーは、40年間このうようなリーダー候補を探してきた結果、リーダーが備えているべき「ヘリコプター資質」という能力を見出しています。「ヘリコプター資質」とは、以下の能力であると定義します。
・分析力
・論理的に事実を掌握する能力
・エッセンスを引き出して基本事項に集中する能力
国土が狭いため天然資源もなく、国民の数も少ないシンガポールにとって平等主義に徹する国家的な余裕はありませんでした。
先進国となった今後は、国家として一目置かれるためにも大器晩成型の遅咲きの天才を発掘すること、文化的な才能を発掘することが重要になってくると思います。
英語教育の重要性
最後に、リー・クアンユーが度々口にする「英語教育の重要性」について紹介したいと思います。
リー・クアンユーは、すでに英語は当然備えて置かなければならないスキルであると言います。
今日、英語力はもはや、競争していく上での強みではなくなっている。多くの国で、子どもたちに英語教育を受けさせている。21世紀には、英語を基本的スキルとして多くの子供が身につけようとする。成功したければ、英語をマスターするべきだ。英語は、ビジネス、科学、外交、研究といった分野で必須の言語だからだ。
英語は単純かつ明快な言語であり、明晰な戦略的思考や政策決定に重要な役割を果たすと述べています。
日本人も有無を言わずに英語を使いこなせるようにならなければなりません。
さいごに
今回は、「リー・クアンユー世界を語る」の中で、ビジネスに関連するところを取り上げましたが、本書では世界経済、世界政治とイデオロギー、戦略思考など幅広い論点について語られています。
時代が変わっても人間の営みには大して変化はなく、世界観や思考には普遍性があると思います。
そのため、もう8年前に語られた言葉であるにも関わらず、今後の世界の経済、政治を予測する上で何度も読み返すべき慧眼の書となっています。
今回は本書の特に6章〜9章の経済や国際政治、戦略的思考に関する項目から解説しました。
前半では、中国や米国の今後を予測しており、2021年現在においても、かなり的を得た分析といえます。
今後シンガポールで働いたり、事業を行う方や、シンガポール人、シンガポール企業と取引をする方にとって、シンガポールという国、シンガポール人という人を理解する上で必読といえます。ぜひ手にとってみてはいかがでしょうか。