シンガポールの会計・財務アドバイザリー

価値社会における会計理論。ヒトの価値は貸借対照表に資産として計上できるか?

お金より、評判が大事

最近よく聞くフレーズです。

お金は使ったら終わりだけど、評判があれば応援してくれる人たちから、いつでも資金調達できるため。

会計業界で働く専門家としては、「ヒトの価値」により資金調達ができるとなれば、従来の会計理論に影響が気になるところ

そこで、財務諸表における「ヒト」の価値について考察してみたいと思います。

ヒトの価値を財務諸表に表す

500年ほど前に生まれた現代の会計理論では、現代のように人的価値が異常に高騰する自体は想定していませんでした。

長い経済史において、富を生み出す元ダネは、高価な製造設備、不動産や、利益を出すエンティティでありました。

そのため現代の会計実務では、人的価値を正確に財務諸表に表すことができません

正確に」というのは、間接的に一部表現することはできるため。

現代の会計理論において、人の価値は「支払った給与」という形で損益計算書(PL)に計上されます。

給料の高い(≒優秀と考えられる人)が多ければ給与支払額が大きくなり費用が増える。そのため、人的価値についても一応財務諸表に反映されます。

ところが問題は、必ずしも給与が高いことと企業の収益とは直結しないこと。

昔ながらの年功序列を維持する超一流企業では、お荷物になった高齢社員の給与を変更することができず、経営問題になってたりします。

昭和~平成初期までの、資本集約的な世界ではこれでよかったのでしょう。

この時代は、どれだけ資本(≒生産設備)を有しているか、が企業の価値であり、ヒトはその資本を動かす潤滑油という側面が強かったためです。

ところが、現代では「人こそが企業の財産」となっています。

FacebookやGoogleなどITビジネスの隆盛に見るように、パソコン1つで数千億、兆円レベルの時価総額を生み出すことができます。

FacebookやGoogleにとっての財産は、ザッカーバーグやセルゲイ・ブリンの存在そのものです。

普通の会社であっても、スター社員がもたらす利益と凡庸な社員がもたらす社員では会社にとって、けた違いです。

このような競争優位の源泉を、残念ながら現代の会計理論では表現できていません。

スター社員の価値は、他の資本設備と同様に将来企業に多大なるキャッシュフローをもたらします。

他社を買収するM&Aなどの際には、企業価値評価(バリュエーション)を行いますが、買収する会社に属する社員を経済的価値で時価評価するなんてことはしません。「人の獲得」こそがもっとも重要な買収目的であることも多々あるにもかかわらずです。

本来はこのような、一人一人が将来もたらすであろうフリーキャッシュフロー(≒お金)を現在価値に割り引いた金額を「人的資産」として貸借対照表に資産計上すべきだと思うのです。

ところが、テクノロジーの発達により、少し風向きが変わってきました。

自分自身の信頼を経済的価値として流通させるサービス

価値経済の旗手「Value

2016年に設立された、Valuというベンチャー企業がありました。

この会社のビジネスモデルは「自分自身の信用」を元手に、株式的なものを発行し流通させ、第三者が自由に売買できるサービス。購入者は発行者の将来性に投資することができます。

要は「ヒトを会社と見立て」、個人のスキルや信頼で株式のようなものを発行し、資金調達するというサービスです。

このサービスによれば、外部の客観的な視点で特定個人の「時価総額」つまり経済的な価値を測定することができます。

ただし、ビットコインの情報流出事件をきっかけに2019年5月に施行された「改正資金決済法」によるコンプライアンスやセキュリティ対策が求められ、この対応へ巨額の投資資金が必要となることから、VALUサービスは既に終了しています。

Valuのサービス自体はうまくいきませんでしたが、このような外部の市場においてある個人の経済的価値が測定できるようになるのであれば、その時価総額を貸借対照表に資産として計上しようという考えが今後出てくるかもしれません。

中国でもっとも利用されている信用レーティング「芝麻信用」

中国では「芝麻信用(zhima credit)」という会社が信用評価サービスとして有名です。「芝麻信用」はECサイト最大手の「アリババ」の子会社であり、アリババのクレジット返済履歴やショッピング履歴、人脈などをもとに信用力を評価。

評価項目は例えば次のような項目です。

・アリペイ(アリババの電子マネー)の支払履歴

・個人の学歴、職歴

・車、住宅などの資産保有状況

・交友関係

このような情報に基づいて、ユーザーは次の5項目において総合的に勘案し、350点〜950点でレーティングします。

・各種サービス利用の際のデポジット(預託金)不要

・ファイナンスサービスの金利優遇

・公共施設における優先レーンの使用

・会社によって就職試験を認める

・シンガポール、ルクセンブルクなどにおいてビザの取得が優遇

中国においては、病院などの公共的施設の利用から自転車のシェアライドまで、多くのサービスでデポジットが必要となっているらしく、このデポジット不要という特典はかなり影響が大きいとのことです。

また、このスコアから派生して、婚活サイトなども誕生しているとのこと。

この「芝麻信用」、監視社会や格差社会を助長するという猛烈な批判がありますが、一応、現状では加点主義のようで、「良い行いをすると色々メリットがある」というもの。

一党独裁の共産主義ということもあり、将来どのような使われ方をするか少し不安はありますが、試みとしては非常に面白いです。

上手く使えば、人間が正しい行いをし、社会がより良くなっていくためのインセンティブになると思います。

人の経済的価値を可視化する技術と財務諸表

このように、ビッグデータとAI技術の普及により、ヒトの経済的価値の客観視を可能とする技術が増えています。

日本では、大手どころでは、みずほ銀行とソフトバンクの合弁会社J-Scoreが個人の格付アプリ「AIスコア」を開発。

ユーザーが許諾したデータのみを利用してレーティングを実施し、スコアに応じて融資や企業からのリワードを得ることができるサービスを提供しています。

人の経済的価値を金銭的に測定できるサービスは今後ますます登場することでしょう。

貸借対照表に計上できる資産は、企業が将来の収益獲得のための原資ですので、単にスコア結果を基準にヒトの価値を資産計上することが難しいと思います。

ただ、今後スコアと将来企業にもたらす利益の関係がビックデータからある程度予測できるようになった場合には、資産計上が可能かもしれません。

可能な限り企業価値の実態を反映することを至上命題とする企業会計において、ヒトの価値をバランスシートに載せることが技術的に可能となれば、これは採用されなければなりません。

逆に、ある特定の個人的資質と会社に与える損害の因果関係が割り出された場合、そのような資質をもった社員が見いだされた場合に、引当金として損失の見積もり計上が求められる、そんなディストピアな会計処理も生まれてくるかもしれません。

ここらへんから考えると、不動産の時価を客観的に測定する今の不動産鑑定評価ならず、「ヒト鑑定評価」なんて仕事が今後生まれるかもしれませんね。

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