国際情勢の不確実性が高まるいま、海外での「情報の目」をどこに置くべきか。
米中対立や地政学リスクの顕在化が進むなか、企業が国際ビジネスを展開するうえで、信頼性の高い情報収集拠点をどこに持つかは、経営判断にも直結するテーマです。
そうした中、PwCが発表したレポート「情報収集拠点としての価値を増すシンガポール」(2025年7月)は、シンガポールという国の地政学的な立ち位置と、その実利的・中立的な視点に改めて光を当てています。
本記事では、同レポートの要点とともに、シンガポールがなぜ今、企業にとって「情報のハブ」として再注目されているのかを紹介します。
レポートの概要
近年、国際情勢は地政学リスクや米中対立の激化、東西の分断などを背景に、ますます構造的な不安定さを増しています。こうした環境下で、日本企業にとっては、海外の正確で偏りのない情報を迅速に入手・活用することが一層重要になってきました。
特に成長著しいアジア新興国においては、ビジネス機会もリスクも拡大しており、その情報拠点としてシンガポールを活用する日本企業が増えています。
しかし、従来の情報収集は「地域ニュースの整理」にとどまり、戦略的な視点に欠けるという課題も見受けられます。
シンガポールは、リアリズム(現実主義)とプラグマティズム(実利主義)を軸に、米中どちらにも偏らない全方位外交を展開しており、国際法を基盤とした多国間主義を重視しています。G20やG77への積極参加など、小国でありながらグローバルサウスの一員として国際社会での存在感を高めています。
例えば、ウクライナ侵攻をめぐる国連決議でも「西側と協調しつつ、ルールベースの秩序を重視する立場」を貫き、どちらの陣営にも安易に寄らない姿勢を明確にしました。
シンガポールからは、グローバルサウス(東南アジア・南西アジア・アフリカなど)を、単なる大国の影響下にある存在ではなく、能動的で自律的なプレイヤーとして見る視点が浸透しています。
たとえば、インドネシアの鉱物資源戦略を「対中依存」と単純に解釈するのではなく、国内産業の高度化戦略として理解する姿勢は、日米欧とは異なる現場感覚に基づいたアプローチです。こうした視点は、日本企業にとって新たな分析軸をもたらします。
近年、中国本土や香港での情報収集が困難になるなか、中立的で多国籍な環境を持つシンガポールは、中国経済や一帯一路構想、東南アジア展開に関する一次情報を得るための貴重な場所となっています。
現地の中国企業や多国籍企業、政策関係者との接点を通じて、実務的かつ肌感覚に近い情報に触れられるのは、他の地域では得がたいメリットです。
シンガポールには、外資系企業の統括拠点やソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)、ベンチャーキャピタル、研究機関、国際機関、法律・会計事務所などが集積しており、これらとの連携によって多角的な情報収集が可能です。
加えて、国際会議やフォーラム、展示会が頻繁に開催されており、現地での人脈形成と情報感度の向上にもつながります。
日本本社側としては、シンガポールで得られる情報を「米欧の補足」としてではなく、多極化した世界を読み解く上での“欠かせない視点”として位置づけるべきです。
一方、現地拠点では、単なる事実の整理や本社の指示事項に対する受動的対応に留まらず、シンガポールだからこそ得られる洞察を、自主的に情報化して提供する姿勢が求められます。
さいごに:私の感想
シンガポールは、地理的・政治的に独自の立ち位置を活かし、情報収集や外交・経済戦略において実利を重視した明確な国家戦略を持っています。こうした柔軟かつ中立的な姿勢は、ASEAN・南西アジアを含む地域における情報・事業ハブとしての役割を一層高めています。
コスト上昇やビザ発給の厳格化といった実務的な課題はあるものの、シンガポールは今後もアジア戦略の拠点として重要性を維持し続けると考えられます。
日本企業は、その優位性と特性を十分に認識し、他地域との比較衡量を踏まえたうえで、戦略的な進出判断を行うべきでしょう。