ここ数年、日本のDX(デジタル化改革)の遅れが叫ばれていますが、その現状を打破するにはどうすればよいか?
その問いにひとつの可能性を提案してくれるのが、PHP研究所から出版された書籍「デジタル・フロンティア」。
本書において「デジタル・フロンティア」とは、米国でも中国でもない「東南アジア」と定義し、日本が学ぶべきは米国・中国などのデジタル先進国ではなく、「東南アジア」であると主張します。
著者は、日本を代表する経営戦略コンサルティングファームの経営共創基盤パートナーで同社シンガポール法人のCEOである坂田幸樹氏。2013年からシンガポールに在住し、3拠点の管理をされているようで、東南アジアの事情に詳しいです。
日本が今後DXを効果的に加速させるためには、どうすべきか?
当記事では、この問いに対する本書の考え方について、東南アジア諸国の実例とともに紹介したいと思います。
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ポイントは「リージョン化」
まず、本書において一貫したDXの基本的な考え方を紹介したいと思います。
著者によると、世界はここ数十年で「国際化」⇒「グローバル化」⇒「リージョン化」へと変遷を遂げているとのこと。
具体的には以下のような流れです。
↓
グローバル化:グローバルプラットフォーマー(Google、facebook)
↓
リージョン化:スーパーアプリ(Grab、ローカル財閥)
国際化の最初の段階では、「国境」という概念を維持した中で、ものの取引を行っており、たとえば日本の自動車や家電メーカーが世界を席巻しました。
ところが、その後国境を超えたGoogleなどのプラットフォーマーが出現し、「グローバル化」はさらに深化したように思います。
しかし現代では、「グローバル化」がひととおり普及したところで逆回転とも言える、その地域ごとの特性に合わせたサービスを提供する「リージョン化」が進んでいます。
たしかに配車アプリを例にとると、東南アジアでも当初は米国発のUberのような世界市場の攻略を目指すプラットフォーマー普及していましたが、その後Uberは完全に撤退し、マレーシア・シンガポール発の配車アプリGrabやインドネシア発のGoToが市場で優位となっています。
この例からも、時代は米国発のグローバルプラットフォーマー優位から、地域に根ざしたリージョン化の時代に移行していることが見てとれます。
GrabやGotoといったリージョナル化時代の東南アジアの雄は、ユーザーや加盟店のより多様なデータを収集し、リアルとデジタルの融合で「半径5Kmの問題解決」を目的に、地域に根ざしたサービスを提供しています。
これは、世界中のオンラインデータを収集して世界制覇を目指すグローバル化時代の雄GAFAMとは明らかに違う性質を有する企業である、これが著者の見解です。
東南アジアのDXの実例
配車から始まって、注文配達や清掃、マッサージの予約までできるGrabなどのスーパーアプリの他にも、本書では東南アジアの「リージョン化」の事例がたくさん紹介されています。
シンガポールのバーチャル都市「デジタルツイン」
シンガポールでは、「デジタルツイン」という技術が導入されています。
「デジタルツイン」とは、現実世界とデジタル世界を結びつけ、両者をリアルタイムで連携させる技術をいい、都市開発やインフラ管理など、様々な分野で利用されているとのこと。
具体的には、「バーチャルなシンガポール」をつくる技術で、3Dデータを用いて建物や地形など架空のシンガポールを作ります。この「バーチャルシンガポール」上では、監視カメラの交通情報などをもとに、現実世界での様々な状況がリアルタイムで反映されるとのこと。
このデジタル技術を利用することで、たとえば高齢者をモニタリング、異変を察知するオペレーションに用いたり、さらには新製品、サービスの開発といったイノベーションを起こす源にもなるといいます。
個人的には、このDX技術は、今のところは東京23区より小さいシンガポールだから可能である技術であり、またプライバシーの問題などから日本全体で導入することは難し気がします。
ただし、例えば地方の過疎地やいち企業内など、限定したエリアでの導入は十分可能で効果的ではないかと感じます。
インドネシアの遠隔医療「halodoc」
インドネシアの先端事例では、「halodo」という遠隔医療の事例が紹介されています。
このhalodocでは、出勤している医師の一覧を閲覧することができ、その場でオンライン診療を受けることができるとのこと。また、処方箋に合わせて薬の配送も可能で、すべて自宅で完結できます。
これこそ高齢化が進んでいる一方、医師不足が深刻な日本の地方で早急に取り入れるべきDXのアイデアではないでしょうか。
リージョン化のDXのポイント
上記で見てきたような「リージョン化」のDXのポイントは「ボトムアップのイノベーション」であること。
著者のことばを借りると、「単にデジタル技術を使うのではなく、現場の地道なオペレーションを改善してデータを取得し、そのデータの力を使って既得権益を壊し、産業全体の変革を起こしている。」とのことです。
日本のDXの今後
さて、東南アジア各国で「リージョン化」に基づいたDXが成功を収めていく中で、我が国日本はなぜDXが進まないのでしょうか。
著者の分析では、日本が環境に適応できなくなりDXが停滞してしまう要因は、「既得権益を生み出しているさまざまな制度」とのこと。
たとえば高い業界の参入障壁やデジタルによる新しい仕組みを導入しようとする際の手続きの煩雑さ、あるいは実証実験に対するハードルの高さといった多くのDX阻害要因は、旧来型の企業や零細企業を守るために設けられています。
それ以外にも日本は戦後から高度経済成長にかけて大成功を収めたことから、社会的な規範、文化的な信念、終身雇用、年功序列などシステムや概念上でも多くのレガシーが存在してしまっています。
そのような既存のレガシーを破壊して新しいものを作るには多大なエネルギーが必要。それが、日本のDXでイノベーションが起きずにオペレーション改善にとどまってしまう真因であると喝破します。
ところが一方で、東南アジアも国による程度の差こそあれ、日本と同等化、それ以上の既得権益が世の中を縛っていましたが、デジタルのちからで既得権益を突破する事例が相次いでいます。
この点、「リージョン化」の素晴らしいポイントは、これらのスーパーアプリはもともとあったものを何も破壊せずにデジタル技術を活用して地域を活性化することができる「社会にやさしいイノベーション」。
すでに存在しているレガシーを最大限活かすことが出来るのも、デジタル技術の特徴である、と筆者は解きます。
東南アジアのような「リージョン化」型のDXは、社会への摩擦を最小限に抑えながらも既得権益を打破して、社会変革を起こすことが出来る。まさしく日本が見習うべきDXであると言えそうです。
さいごに
本書では、世界のグローバリゼーションのマクロな枠組みのトレンドを踏まえた上で、東南アジアのDXの実例を知ることが出来ます。
東南アジアに在住したり、仕事をしたりする方は是非一読すべき内容ですし、日本のDXの担当者にも多くの示唆があることは間違いありません。
是非、本書を一読して東南アジアのDXの状況と日本の現況について今一度考えてみてはいかがでしょうか。
デジタル・フロンティア(著者:坂田幸樹)
目次
第1章「改善」だけではDXにはならない
第2章 ビッグデータの破壊力
第3章 バラバラなデータに価値はない
第4章 「全てをデータ化」で生まれるイノベーション
第5章 DXを成功に導くフレームワーク
第6章 日本の「真のDX」を考える