アジアの新興国でビジネスを成功させるには、適切な戦略や戦術を採用し、適切な人材を配さねければなりません。
しかし、昨今のような変化が大きい時代には、過去の方法論はすでに陳腐化しており、そのようなものを踏襲しても成功は覚束ないものとなります。
では、これから新興アジアにおけるビジネスで成功するためにはどうすべきか?
当記事は、この問いに対して非常に有益な書籍「新アジアビジネス グローバルアントレプレナーの教科書」を紹介したいと思います。
筆者である松島大輔氏は、1998年に経済産業省入省後10年以上インド・デリー、タイ・バンコクに駐在しており、官僚という立場で政策案件や現地産官学の交流、1000社以上の新興アジアビジネスを支援。現在は長崎大学の教授として若者や地方の海外進出をあと押しされています。
筆者が文中で述べていますが、従来の「海外本」は、各国の税制や制度の解説であったり、個人のビジネス体験談に限られていました。
一方本書では、海外に実際にどのように戦っていくべきか、マインドセットや戦略、戦術を体型的にまとめています。
本書はまさしく「教科書」といえる内容の、海外、特にアジア新興国でビジネスをするにあたっての具体的な方法論を詳述した指南書あると同時に、海外で一旗揚げたいビジネスマンや学生のモチベーションを鼓舞する、自己啓発的な内容もふんだんに含まれています。
本書における最大のメッセージは
「イノベーションを興すためにいきなりアジアに展開しろ」
というもので、そのことで若い世代のグローバル人材化、衰退著しい地方企業の復活、ひいては日本の再浮上が達成できると説きます。
当記事では本書「新アジアビジネス グローバルアントレプレナーの教科書」の概要について、簡単に紹介したいと思います。
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新興アジアに対するマインドセット
アジアにおける日本の地位は急速に凋落しており、まず、日本のビジネスパーソンはアジアに対するマインドセットを切り替える必要があります。
従来は、アジアは「日本の工場」という製造業の生産ネットワークの一部との見方が一般的で、実際にタイやマレーシアなどは日系製造業のサプライチェーンの一部を構成していました。
ところが今アジア諸国は急速に「脱日本」が進んでいます。
この過程については本書で詳細に解説されていますが、一つの理由として、いわゆるアジア諸国はその経済成長の結果「中進国の罠」に陥っており、そこからの脱却を図ろうとしています。
「中進国の罠」とは、経済発展につれて労働力価格が上昇し、製造業の拠点として魅力がなくなり成長が停滞するという現象をさします。
新興アジア国は、この「中進国の罠」から抜け出す方法として、単純製造業のような労働集約的な産業から脱して、高付加価値産業への転換をめざしています。
実際、アジアの若い世代のベンチャー起業率は日本より高く、たとえばタイでは20%超と、日本の5%以下を遥かに凌駕しています。
このようなアジアの最先端を走る若いビジネスパーソンは、「日本のやり方は古い」と考え、「日本が新興アジアのウザい存在」に転落する可能性がある、と指摘します。
どの時代、どの国でも、古い時代の価値観を押し付けてくる古い人達は鬱陶しいものです。日本がそんな頑固じいさんのような印象を持たれないように、アジアで勝負する日本のビジネスパーソンは新しいマインドセットを持たなければなりません。
今後の日本企業のアジア戦略
さて、このように、「脱日本」が進むアジアの状況の中で、日本企業はどのような戦略で事業を進めていくべきでしょうか。
筆者は、従来の「国内で技術やノウハウ、イノベーションを蓄積し、段階的に海外に出していくという方法」よりも、「いきなり海外展開」という戦略が望ましいと説きます。
日本国内では、既得権を維持するための規制が強固で、取引関係も看板系列によって固定化されておりイノベーションが起こりにくい状況になっています。
この状況を打破するためには、アジアを「イノベーション道場」と見立て、アジアで生まれたイノベーションを日本に還元する、いわゆるリバース・イノベーションの手法を取るべきと説きます。
新興アジアでは未だに解決すべき課題やニーズが豊富であり、解決方法に対する需要も意欲も高いため、新興アジアという「場」を利用して外から日本の産業構造を図ることが望めます。
そのために、新興アジアで戦う日本人には、以下の能力が求められます。
・課題を見つけることができる観察眼を磨くこと
・その国の背景や常識、広い意味での教養も不可欠
・事業の本質を見抜く力と「ずらす力」
また、中小企業や地方企業の従来のグローバル展開は、大企業の系列、下請けとして海外進出してきていましたが、今後は、イノベーティブなメーカー企業として顧客開拓型の海外展開が勝機となります。
グローバル人材の新しい型
新興アジアを従来の「日本の工場」ではなく、「イノベーションの場」としてビジネスを展開する場合、そこに従事する人材の型も別なものとなります。
筆者はこの人材を「グローバル人材2.0」とし「グローバルアントレプレナー」のキーワードで説明します。
従来の「グローバル人材1.0」は、いわば農耕型人材。田畑を毎年耕すように、基本的には海外事業のトラブルを管理するというタイプでした。
一方の「グローバル人材2.0」は、狩猟型人材。次々と海外でイノベーションを喚起し続ける人材です。
筆者は、「海外で同じ仕事を年々歳々続けていく農民モデルとしてのグローバル人財1.0では太刀打ちできず、単純に海外駐在し、海外で現地労働者を管理するだけでは務まらない時代に入った。」といいます。
グローバル人材2.0たるグローバルアントレプレナーが海外でイノベーションを起こし、新しいビジネスを創っていくことが求められます。
グローバルアントレプレナーに必須となる5つの力
グローバル人材2.0、すなわちグローバル・アントレプレナーに必要な能力として次の5つが挙げられています。
俯瞰力
俯瞰力は、物事を俯瞰的に観察する視座、統合化する視点です。相手の課題をいかにマーケティングするか、また課題やニーズを発掘するグローバル営業力の発揮には俯瞰的に観察する力が必要です。
感染力
情熱が感染しなければ、物事を成し遂げることはできません。協力を得られるような真の「人脈」のためには、強力な感染力が必要です。
システムメーキング力
筆者は、グローバルアントレプレナーは「システムメーカーになれ」といいます。旧態然システムを破壊し、新しい世界を構想する、そのことで世界を惹きつけることができます。
コミュニケーション力
ビジネスにおいてコミュニケーション能力は不可欠ですが、言語の異なる海外ではなおさら重要となります。英語能力の必要性は高いですが、それ以上に重要なのが一貫したストーリーを提供できる能力、表現力です。
突破力
突破力は、結果へコミットメントする能力。失敗とは途中でやめてしまうことであり途中でやめなければ失敗はありません。成功するまでやり続けるという気概が成功への秘訣です。
さいごに
当記事では「新アジアビジネス グローバルアントレプレナーの教科書」のうち、新しいグローバル人材である「グローバル・アントレプレナー」を中心に紹介しました。
本書では、グローバル化やイノベーションに関する過去の学術論文を丁寧に引用しながら、これからの日本人及び日本企業が新興アジアで成功し、日本にイノベーションをもたらす道筋を解明しています。
日本が新興アジアでどのようにイノベーションの方法をとるべきか、具体的企業の例をもって詳述されていますので、実際に新興アジアに進出する企業にとっては必読の書といえます。
例として出てくる企業は、インフラビジネス、医療ビジネス、電気自動車、農業・漁業、クールジャパン・観光など幅広い分野で取り上げられています。
また、海外で戦う「グローバル人材2.0」のためのツールとして、「グローバル段取り16の鉄則」、「リスク管理原則」、「グローバル交渉術」が紹介されており、こちらも海外駐在員や海外起業を目指すビジネスパーソンは事前に身に着けておくことで成功が近づきます。
著者自身が、日本の国益のためにアジアで活動してきた高級官僚という立ち位置であったため、本書は「日本国のため」という大きな視座から書かれていると感じました。
海外、特に新興アジアの駐在員、また起業に挑戦するビジネスパーソンには携行すべき必読の書であり、ぜひおすすめです。
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