アジアにおける日本のプレゼンス低下に歯止めがかかりません。
2010年に中国のGDPが日本を超え、2020年には一人あたりGDP(購買力平価換算)が韓国に抜かれてしまいました。
東南アジア諸国の経済も急速に発展しており、今まで「発展途上国」として見てきた国々と日本企業が競争関係となる時代に突入しています。
このような難しい時代において日本企業がどのような戦略を取るべきかについて示唆を与えてくれる本が、今回紹介する「アジア経済とは何か 躍進のダイナミズムと日本の活路」です。
中公新書から2020年3月に出版された本書は、関西大学経済学部教授やアジア太平洋研究所の主席研究員の任にある後藤健太氏。
著者の豊富な海外事業経験及び研究職としての知識により、本書は具体例を豊富に紹介しながらもアカデミックな内容となっています。
本書において主張されている、これから日本がアジアビジネスの中で取るべき戦略について紹介したいと思います。
ここ20年のアジアの経済発展は、目を瞠るものであることは疑いようもありません。 アジアはいかにして急速に経済発展できたか、そして今後も成長を続けて行くことができるのか。 この問いを考えるにあたり考慮すべき重要なポイントが、アジ[…]
今、アジアで日本が置かれている状況
まず、本書では、日本がアジアにおいて置かれている状況について、以下の2点をあげています。
1.アジア経済の多極化
20世紀のアジア経済は日本の独壇場であり、日本がアジアの経済秩序を形成してきました。
ところが、発展途上国として捉えられてきた中所得国が台頭し、日本の一極体制から多極化へ急速に変化しています。
例えば、家電業界や、昨今では台湾・韓国の半導体業界など、主要産業でも日本企業はアジア企業の後塵を拝しています。
2.グローバル・バリュ―チェーンの展開
経済のグローバル化の進展により、製品は複数の地域を広範にまたぐ国際的な分業体制の下で生産されるようになっています。
この流れの中で、多くの製品の生産工程は、日本のお家芸である「すり合わせ(インテグラル)型」から、「組み合わせ(モジュラー)型」へとシフトしました。
「モジュラー型」は、パーツを組み合わせれば製品が完成するため、技術力のないアジア新興企業でも比較的容易に参入することが可能となります。
たとえば、「インテグラル型」の典型的プロダクトは自動車でした。
従来のガソリン車はエンジンの内燃機関を中心に高度なすり合わせが必要であり、「インテグラル型」製品として、日本が圧倒的に成功を収めました。
ところが、今後主流となる電気自動車では「モジュラー型」製造であるため、新興国企業の参入が容易になり、また従来の伝統的自動車会社以外の他業種からの参入が見込まれています。
日本企業はどのような戦略をとるべきか
著者は、このような状況の中、日本企業が検討すべき3つのポイントについて提案します。
第1の戦略.グローバルチェーンでのユニークなポジショニング
今後の日本企業がとるべき戦略の1つ目として、著者は、「グロバール・バリューチェーンの中でユニークなポジションを築く」ことを挙げています。
従来は、日本企業がグロバール・バリューチェーンを主導してきましたが、今後は日本以外のアジア企業がリードする場面が多くなっていきます。
このような状況の中、日本企業は、特定の分野において他のアジア企業では「替えのきかない独自のポジショニング」を築くことが求められます。
これはいわゆる「コア・コンピタンス」を磨いていくということにほかなりません。コア・コンピタンスとは「競争優位の源泉」と訳されますが、コア・コンピタンスも継続的なイノベーションを通じて高めていく必要があります。
本書によると、製造の「モジュラー」化が進むとしても、その各モジュラー化した基幹部品は容易に代替できない複雑な「インテグラル型」であることが多いことが指摘されています。
日本企業は、アジア企業がリードするバリューチェーンの中で「なくてはならないパートナー」というポジションをいかに築くかを戦略的に立案遂行していくことが求められます。
第2の戦略. 多様性を受け入れる
日本がグローバルチェーンをリードしていた時代は、「日本方式」を世界に移転すればうまくいきました。
ところが、多極化した世界においては、日本的な手法が正解ではない場合もあります。
そもそもビジネス文化は世界各国で異なっており、日本がユニークなものであるケースも多いです。
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日本以外のアジア企業がグローバルチェーンを牽引する世界においては、日本企業がこれまで親しんだものとは異なるシステムへの対応力の向上が必須となります。
日本の持つ、優れたところは活かしながら、アジア企業のバリューチェーンの中にうまく適合する柔軟性を備える必要があります。
第3の戦略.暗黙知の可能性
最後に、筆者は「暗黙知」こそが日本企業の持つ「強み」であると主張します。
2014年に発表されたマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究で「経済複雑性指標(Economic Complexity Index:ECI)」というものがあります。
この研究によると、経済成長は「知識の多様性」と、それが「市場や組織などを通じて複雑に組み合わさることで実現」するとし、一国の経済がもつ「生産的知識の多様性が高く」「それらの希少性が高い」ほど、成長ポテンシャル高いことを発見しました。
そして、国の所得水準が異なる理由に「暗黙知」の存在をあげています。
「暗黙知」とは、経験的に使っているものの、明示的に説明できない(されていない)知識であり、言語やシンプルな形式にコード化された「形式知」の対をなす概念です。
形式知であれば、伝達が容易であるため途上国に移転すれば、その国が経済的にキャッチアップすることが可能となりますが、暗黙知は移転が困難となります。これが国の所得水準の差の大きな要因になっているとされます。
たとえば、途上国にハコ(例えば工場)を作っても、保守点検などオペレーションが正しく行われない限り、工場は機能しません。
このような、地味で、裏方的な総合的管理能力が日本が培ってきた強みの一つ、「日本品質を支える基礎」となっているといいます。
日本企業は自社の中に埋め込まれた「暗黙知」を現代の文脈に照らしてコアコンピタンスとして捉え直して、強みを磨いていくことが求められます。
さいごに
さて、いかがでしょうか。
本書において以下のとおり記述されているように、日本企業は「選ばれる立場」となりました。
日本はアジアの企業が組織し、統括するグローバル・バリューチェーンに積極的に「組み込まれる」ことで、新たに拡大するビジネス機会を模索していく必要があることも間違いない。
〜このことは、アジア企業との向き合い方を、「選ぶ日本(企業)」から「選ばれる日本(企業)」へとシフトさせる必要があることを意味している。一方向から双方向への転換である。
日本が長いあいだアジアの経済的リーダーであったことからすると、「アジア企業に選ばれる立場」というのは寂しいところもあります。
しかしアジア企業とうまく連携し、日本企業独自の価値を提供することができれば、今後ますます伸びると見込まれるアジアの成長を享受することができるのではないでしょうか。
日本企業及び日本人ビジネスマンは、アジアビジネスにおけるマインドセットを切り替え、グローバル・バリューチェーンの中で独自の強みを発揮していくことが重要であると思いました。
本書「アジア経済とは何か 躍進のダイナミズムと日本の活路」では、
第1章、第2章において「日本の戦後復帰から現状までのアジアの経済の流れ」、
第3章において「グローバル・バリューチェーンの解説」、
第4章において「アジア諸国躍進と日本衰退の理由」、
第5章において「現代アジアのインフォーマル経済と格差」、
第6章で「アジアの時代を生き抜くための日本企業の戦略」について詳説されています。
新書一冊でアジアの経済の変遷から、現在の日本企業の問題点、今後の戦略について理解できます。ぜひおすすめのビジネス書です。