2021年2月16日に2021年度シンガポール国家予算案が公開されました。当法案の中で税制改正についてアナウンスされています。
当記事では、2021年税制改正について日系企業に影響のある主な項目について紹介したいと思います。
法人所得税の改正案について
まずは法人所得税に関連する改正案です。
2021年度における法人所得税改正は大きなトピックはなく、主に既存の制度の延長となりました。
資本的支出への加速償却が延長されていますが、引き続きシンガポール企業の設備投資を奨励する意図があると推察します。
また、昨今のSDGs(持続可能な開発)への配慮か、エコ関連のインセンティブも引き続き利用可能です。
一方、課税所得に対して、SGD200,000まで控除できる部分免税(partial tax exemption)が認められていましたが、2021年賦課年度は適用されないことが提案されていますので、留意が必要です。
以下、具体的に見ていきたいと思います。
シンガポールの会社法人税計算は、非常にシンプルです。日本ですと事業税や住民税などの影響があったり、複雑な調整項目があったりしますが、シンガポールは原則として税率17%の法人税一本であり、税務当局としてもなるべく税務申告の負荷を減らして事業[…]
繰戻還付制度の延長
改正前 | 予算案での提案 |
繰戻還付制度(carryback relief scheme)は、ある賦課年度における未使用のキャピタル・アロワンス及び事業損失(両者をあわせて適格控除額(qualifying deductions)という)について、最大100,000SGDを上限として直前3賦課年度まで繰り戻しすることが認められる。 納税者は、2020賦課年度の税務申告額が確定する前に、適格控除額の見積金額を直前3賦課年度に繰り戻すことができる。 |
繰戻還付制度(carryback relief scheme)について、同じ条件で2021年賦課年度に延長する。 |
【解説】
キャピタル・アロワンスとは、日本でいう減価償却費のことです。
発生年度に所得から控除しきれなかった未使用のキャピタルアロワンス及び事業から生じる繰越欠損金については、翌事業年度以降に原則、無期限で繰り越すことができます。
当改正案では、直近3事業年度に限って、過去に繰り戻すことを認めています。
この制度を利用すれば、当事業年度に未使用キャピタルアロワンスまたは繰越欠損金が発生した場合は、過去に納税した税額の還付を受けることができます。
機械及び設備の資本的支出に対する加速償却の延長
改正前 | 予算案での提案 |
2021賦課年度(2020会計年度)に、機械及び設備(P&M, Plant and Machinery)に対して資本的支出を行う納税者は、取得年度から2年間の加速償却を行うことができる。 償却率は次のとおり なお、通常税務上の減価償却(キャピタル・アロワンス)は翌年度以降に繰り越すことができるが、加速償却を利用した場合は繰延べは認められない。 つまり、2021年賦課年度に資本的支出を行った場合、申告書上、2021賦課年度に75%、2022賦課年度に25%を損金算入する。 |
機械及び設備(P&M)の加速償却について、同じ条件で2022年賦課年度(2021会計年度)に延長する。 |
【解説】
加速償却とは、通常定められている償却率よりも早期に償却費を損金算入することができる制度です。
この制度を利用すれば、早期に利益(所得)を圧縮することで税額を少なくすることができます。
リノベーション及び内装工事費用に対する加速償却の延長
改正前 | 予算案での提案 |
021賦課年度(2020会計年度)に、事業目的においてリノベーション及び内装工事(Renovation and refurbishment 、R&R)の適格支出を行った納税者は、1賦課年度で全額損金算入することができる。ただし、加速償却を選択した場合は取り消すことができない。 従来どおり、連続する3賦課年度におけるR&R費用の上限額の300,000SGDは適用される。 |
リノベーション及び内装工事(R&R)の加速償却について、同じ条件で2022年賦課年度(2021会計年度)に延長する。 |
国際化の二重費用控除(DTDi)の延長
改正前 | 予算案での提案 |
現在のDTDiスキームでは、担当当局(*)の許可を得たマーケット拡大または投資開発に関する費用については200%の損金算入が認められている。 *シンガポール企業庁(Enterprise Singapore)またはシンガポール観光局(Singapore Tourism Board) 以下の活動に係る費用については、150,000SGDまでは担当当局の事前許可は必要ない。 a) 海外市場開発に係る出張・派遣費用 DTDiスキームは2025年12月31日までを予定している。 |
国際化の企業努力を引き続きサポートするため、DTDiスキームの対象範囲について「認可されたバーチャル展示会(virtual trade fairs)への参加」に拡大する。具体的には以下の列挙された費用について200%費用控除することができる。 a) バーチャル展示会等、ビジネスマッチングやウェビナー等へのアクセスのために、イベント主催者によって請求されるパッケージ費用 海外投資調査に係る費用の範囲に、商品やサンプルの輸送にかかるロジスティック費用も含める。また、担当当局の事前承認が不要な活動の範囲を拡大する。 a) シンガポール企業庁に認可された商品・サービスの認証 上記の取り扱いは2021年2月17日以降に支出された費用から認められる |
【解説】
200%費用控除とは、支出した費用の2倍の金額を税務上損金算入することができるということです。
利益(所得)を圧縮できるため、支出当初の納税額を減らすことができます。
自動化をサポートするため投資控除(IA)スキームの継続
改正前 | 予算案での提案 |
2016年度予算案において事業の自動化、生産性向上、拡大を目的として自動化サポート・パッケージ(ASP, Automation support package)が導入された。 自動化サポート・パッケージ(ASP)は、補助金を控除した適格資本支出について、100%投資控除(IA, Investment alowance)が認められる。ただしプロジェクトごとの上限を10百万SGDとする。 |
自動化サポート・パッケージ(ASP)は2021年3月31日に廃止される。 ただし、企業開発補助金(Enterprise Development Grant)、100%投資控除(IA)、企業ファイナンススキーム(Enterprise Financing Scheme)は引き続き利用可能である。 具体的には、2021年4月1日〜2023年3月31日の間にシンガポール企業庁に認可された自動化プロジェクトに対する100%投資控除(IA)が利用可能である。 |
省エネに関する投資控除(IA-EE)スキームの拡大
改正前 | 予算案での提案 |
省エネプロジェクトに対する投資控除(IA-EE)が利用可能である。 データセンターについては、追加的な適格条件がある。 a) グリーンデータセンターに関するシンガポール基準(SS564:2010)に準拠すること 上記の条件は、2021年3月31日以前にシンガポール経済開発庁(EDB)に認可された省エネプロジェクトに適用される。 |
省エネに係る投資控除(IA-EE)は、「排出削減の投資控除(Investment Allowance for Emissions Reduction)」へと名称変更し、以下のとおり改正される。 a) 温室効果ガスの削減に関するプロジェクトを適格プロジェクトに追加する 当該改正は、2021 年4月1日〜2026年12月31日の間にシンガポール経済開発庁(EDB)に認可されたプロジェクトに適用される。 |
高効率汚染防止機器の加速償却(ADA-PCE)廃止
改正前 | 予算案での提案 |
高効率汚染防止機器の加速償却(Highly Efficient Pollution Control Equipment、ADA-PCE)スキームは1996年予算案において導入され、企業がシンガポールの空気改善に資する技術の導入や機器の導入が奨励された。 当スキームの下、適格の高効率汚染防止機器に対する資本的支出について、1年の加速償却が認められている。 |
ADA-PCEスキームは2021年2月17日に廃止される。 1996年に導入された排出規制を基礎とするスキームであるが、排出規制に関する基準は、見直されているためである。 |
適格寄付金の250%税額控除の延長
改正前 | 予算案での提案 |
2016年1月31日〜2021年12月31日の間になされた、Institutions of a Public Character及びその他認められた受取人に対する適格の寄付金(Qualifying donation)については250%の損金算入が認められる。 |
適格寄付金の250%税額控除について、2022年1月1日〜2023年12月31日の間の寄付に延長する。 他の条件は同一である。 |
電気自動車(EV)の早期利用に関するインセンティブ
改正前 | 予算案での提案 |
2021年1月〜2023年12月の間に支払った電気自動車及びタクシーの自動車登録費(ARF, Additional Registration Fee)を45%払い戻す。 上限は20,000SGD、下限は5,000SGD |
2022年1月〜2023年12月の間に支払った電気自動車及びタクシーの自動車登録費(ARF, Additional Registration Fee)を45%払い戻す。 上限は20,000SGDで変更ないが、下限は撤廃する。 |
GST(消費税)の改正案について
次にGSTに関連する改正案です。
GSTとは、物品・サービス税(Goods and Service tax)のことで、日本でいうところの消費税に該当します。
シンガポールでの標準税率7%となっています。ただし、物品・サービスの種類によっては非課税、ゼロ%が適用されます。
デジタル経済の発展によりサービス提供が多様になったことから、状況の変化に合わせてGST制度も更新されています。
具体的に見ていきましょう。
日本において、消費税率の引き上げは何かと話題になりますが、シンガポールにおいても同様の税制があります。その名もGST(Goods and Service Tax)です。 日本の消費税と同様、シンガポールのGSTも、物品・サービスの付加価値[…]
低額輸入物品及び輸入サービスに対するGSTの拡大
改正前 | 予算案での提案 |
以下項目はGST対象外である。 ・航空または郵便により輸入される低額物品 デジタル経済が急速に拡大していることから2018年税制改正において、以下の項目についてGST課税の対象となっている。 (a) BtoCの輸入デジタルサービス。海外ベンダー登録制度が適用される。 海外ベンダー登録制度(Overseas Vendor Registration regime ):シンガポールにおいて一定の売上をあげる海外サプライヤー及びマーケット・プレイス事業者はシンガポールにおいてGST事業者登録が求められる制度 (b) BtoB輸入サービス(デジタル及び非デジタル)。リバース・チャージ制度が適用される。 リバース・チャージ制度(reverse charge regime): 海外からサービスを受けるシンガポールのGST登録事業者が、海外のサービス供給者に代わって、売上にかかる仮受GST(Output GST)を計上する制度 |
以下の項目にGST課税の範囲を拡大する。 a) 空輸または郵便により輸入された低額物品(Low-value goods) 海外ベンダー登録制度(Overseas Vendor Registration regime )またはリバース・チャージ制度(reverse charge regime)により適用される。 b) BtoC非デジタル輸入サービス
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【解説】
デジタル・サービス及び非デジタルサービスの定義は以下のとおりです。
e-learningやフィットネス・トレーニング、カウンセリングや遠隔治療などのライブ交流のあるデジタルサービス
デジタルサービス(digital service)
ビデオ・音楽ストリーミングサービス、アプリ、ソフトウェア、オンライン、サブスク)
シンガポールのローカル企業にとっての競争の公平性の観点から改正されています。
国内企業がデジタルサービスを提供する場合はGSTが課税され、海外から国境を超えてデジタルで提供されるサービスにはGSTが課税されないとすると、国内企業に不当に不利になってしまうからです。
シンガポールでは日本の消費税制度に該当するGST(Goods and Service Tax)が適用されており、原則7%の税率となっています。 GSTは課税の対象となる物品やサービスが詳細に決められており、取引時には注意が必要な税金[…]
輸入物品に対するGSTをまとめると以下のとおりとなります。
GSTの適用 | 右記以外の輸入物品 | 航空または郵便による輸入低額物品 | 輸入デジタルサービス | 輸入非デジタルサービス | |
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顧客(BtoC) | 現在 | 課税 | No | 課税 | No |
改正後 | 課税 | 課税 | 課税 | 課税 | |
GST登録事業者(BtoB) | 現在 | 課税 | No | 課税 | 課税 |
改正後 | 課税 | 課税 | 課税 | 課税 |
広告スペース販売に対するGST料率決定の基礎
改正前 | 予算案での提案 |
広告スペース販売(supply of media sales)のGST課税に関して、ゼロ料率が適用されるか標準税率が適用されるかの判断は、広告が展開される場所を基準に決定される。 a) 広告が実質的にシンガポール国外で展開される場合は、メディア販売はゼロ料率である b) 広告が実質的にシンガポール国内で展開される場合、メディア販売は標準税率である。 |
a) サービスの顧客がシンガポール国外にいる場合で、直接的な受益者がシンガポール国外またはシンガポールにおけるGST事業登録者である場合、メディア販売はゼロ料率が適用される。 b) 顧客がシンガポールにいる場合、メディア販売は 標準税率が適用される。 当改正は2022年1月1日から適用される。 |
【解説】
広告スペース販売(supply of media sales)とは、出版物・書籍、TV,ラジオ、インターネットスペース等における広告スペースの販売をいいます。
従来は、「広告が展開される場所」によりGST課税の税率を判断していました。ところがデジタル技術の発展により、広告スペースの販売方法も変化し、サプライヤーにとって、広告が展開される場所を決定することが困難となっています。
この傾向を踏まえて、メディア販売の供給にゼロ料率が適用されか決定する基準についてもアップデートする必要があり、「顧客が直接サービスから受益する場所」で決定する形へと改正されます。
さいごに
2021年税制改正においては、個人所得税法に関する改正はアナウンスされませんでした。タックスリベート(Tax Rebate)の発表もなく、2021賦課年度は税額の還付はないようです。
また、当記事においてファイナンス・セクター向けの改正は割愛しています。詳細は、原文をご参照ください。
本記事は2021年2月16日に公表された国家予算案を元に解説しています。法案であるため、今後施行するまでに変更がある点ご留意ください。
当該情報は執筆時点に公表されている法令・ガイドライン等を参照しています。本記事に記載された制度は、弊法人作成後、法令・条例・通達・税制の変更・改正等により、改廃が行われている可能性があります。従いまして、特定の目的利用及び専門的な判断にあたっては、会計・監査・法務・税務・労務等の専門家にご相談頂くようお願いいたします。本資料に基づいた行為(不行為)につき、一切の責任を負いません。