経理部、財務部に配属されたものの、まだまだ右も左もわからないという新人の会計人材は多いのではないでしょうか。
もちろん、経理部に配属されるからには簿記検定などはすでにパスしているケースが多いかもしれません。
ところが、資格はあくまで形式的な知識の詰め込みにすぎず、実務の実態はまた別もの。
また、直接的に経理、会計に関連しない部署で働く人にとっても、会計的なことは理解していないとプロのビジネスマンにはなりえません。
例えば、開発部門のエンジニアであれば、自分が開発している製品の原価について、マーケットで競争力のある値付けが可能な原価水準にとどまるかを常に意識しなければなりませんし、営業マンでも、クライアントに利益的なメリットがどの程度あるかを理解していることが売り込む際のポイントになるでしょう。
今回紹介する4冊は、すべての新入社員にお勧めする、会計、お金関する珠玉の名作3選。
これを読めば会計のことが大好きになり、仕事のやる気が倍増することは間違いなしです。
同期と差をつけ、先輩を追い抜くためにぜひおすすめです!
稲盛和夫の実学―経営と会計(稲盛和夫)
どんな実務的会計本よりも有効であると太鼓版を押せるのがこちら。
京セラの創業者で有名な伝説的経営者の稲盛和夫氏が、自社の成功の秘訣を会計的側面から解説した著書です。
稲盛和夫は言わずとしれた、現代の名経営者。1932年に生まれ、京セラ及びKDDIを創業し日本を代表する大企業に育てました。
2010年には経営破綻した日本航空(JAL)の会長に無報酬で就任し、わずか2年で1800億円の営業利益が出る優良企業へと変革しています。
まさに、経営の真髄を知る男。
本書を読むと、稲盛氏が名経営者である秘訣を垣間見ることができます。
それは、会計経理を非常に重視していること。
稲盛氏は、通常認められた会計原則に立脚しながらも、自らの理念とビジネスの実態に即して会計処理について深く解釈し、実践していることが理解できます。。
冒頭に記された稲盛氏の会計に対する理念は会計人材としてはデスクに貼っておいてもいいくらいの深い内容です。
真剣に経営に取り組もうとするなら、経営に関する数字は、すべていかなる操作も加えられない経営の実態をあらわす唯一の真実を示すものでなければならない。損益計算書や貸借対照表のすべての科目とその細目の数字も、誰から見ても、ひとつの間違いもない完璧なもの、会社の実態を一〇〇パーセント正しくあらわすものでなければならない。なぜなら、これらの数字は、飛行機の操縦席にあるコックピットのメーターの数値に匹敵するものであり、経営者をして目標にまで正しく到達させるためのインジケーターの役割を果たさなくてはならないからである。
この本を読み進んでいくと、稲盛氏の経営者としての凄みが浮き彫りになります。
ふつうなら経理部長やら会計監査人から
「会計原則ではこうなってます。」
と説明を受ければ、財務会計に関しては素人である技術屋の社長であれば、
「そういうものか」
と従ってしまうでしょう。
ところが、稲盛氏は自らの経営哲学に照らし合わせて、会計原則では曖昧、または実情に即していないところは、自社の独自の会計処理を導入します。(もちろん一般に公正妥当と認められた会計原則を逸脱しない方法です。)
その結果生み出されたのが、アメーバ経営など独自の経営理論。これらのスキームを用いて、京セラは破竹の勢いで巨大企業となっていきます。
その、稲盛氏の会計原則の独自解釈をまとめたのが本書。
ここでは概要を紹介したいと思います。
キャッシュベース経営の原則
・ 発生主義による会計上の利益に惑わされることなく、あくまでキャッシュベースでの利益水準を心がける。
・ 減価償却プラス税前利益で返せる範囲のお金でしか設備投資はしてはならない。
現在は主流の考え方となっているフリーキャッシュフローベースでの経営ですが、キャッシュフロー計算書が導入される数十年前から、この考え方を実践しているのは慧眼です。
1対1対応の原則
費用収益対応の原則とは、一定期間、たとえば一事業年度における経営成績を把握する上では、稼得した収益に対応する費用のみが計上されるべきとする考え方ですね。
信頼できる決算数値のためには、財務数値は実物またはお金の裏付けが必要でなければなりません。
また、モノを動かす時には伝票の起票を徹底し、モノと伝票を紐付けることで、資産の流用などの不正を排除することができますね。
筋肉質経営の原則
自社の製品販売で、世の中を良くすることができると考えている稲盛氏の強い信念が伺えます。
完璧主義の原則
昭和の時代からガバナンスに留意している点が見て取れます。
京セラが急成長し、1代で日本を代表する企業となった理由は、このような経営に対するストイックさによるのかもしれません。
ダブルチェックの原則
誰かがやった作業を別の誰かがチェックをする「ダブルチェック」は、企業の内部統制としては一番汎用性がありかつ原始的なものですが、本書では単純作業であるダブルチェックを
とまで言い切っています。
この原則は、人には罪を作らせないという従業員に対する深い愛情から出ている原則です。
採算向上の原則
稲盛氏の発明した経営技術の1つである「アメーバ経営」と最も関連が深い原則がこの「採算向上の原則」。
アメーバ経営とは企業内に小集団の独立採算組織を置く経営手法です。
このアメーバ組織を用いることで、
「各組織が1つの経営主体のように自らの意思により事業展開ができる」ようになります。
いわゆる事業部制をさらに進化させたもので1つの作業区分に採算管理をさせるというもの。
アメーバごとに、あらゆる社内活動における「時間あたりの」採算を計算し、生産性の向上改善につなげていきます。
日本企業における生産性が問題となっていますが、稲盛氏は生産性の重要性について、かなり以前から認識していたということですね。
ガラス張り経営の原則
正確な会計処理を求め、決算報告から社内のコミュニケーションを透明にすることを要求します。
特に、経営者が自らを律し、会社資金の私的流用や接待交際費の乱用を厳に戒めています。
新進のベンチャー企業であった京セラが大企業に打ち勝つには、社員の連帯が必要であり、そのためには公明正大で透明な経営を行う必要があるという考えが背景にあります。
本書では京セラの会計哲学として、上記の7原則が提唱されています。
この本が出版されてから20年近くたち、企業コンプライアンスの重要性が叫ばれてはいるものの、未だに経営トップによる強欲とも言える不透明な経営はなくなりません。
今日では新しい技術が目まぐるしく登場し、新しいビジネスが日々生まれる現代のビジネス環境においては、会計原則が定めるような「過去の事例の集積」ではもはや対応できなくなっています。
稲盛氏の会計原則は、自社のビジネスに対する深い理解から
「適切な会計実務を行うべし」
とする強い決意が伺えるとともに、従業員に対する優しさ、「人間として普遍的に正しいことを追求する」という哲学が浮かび上がります。
会計のプロたる会計経理人財は稲盛氏から学び、自社やクライアントのビジネスに対して、人間に対する深い理解に基づいて業務を行うべきではないでしょうか。
本書は、会計の実務書にとどまらず、これから社会に出る新入社員もすでに長年経験を積んだ方も、何度も読み返すべき普遍的な経営哲学書と言えます。
会計の世界史-(田中 靖浩)
こちらは世界史、特に美術史を俯瞰しながら会計を勉強できる秀作。
テーマは複式簿記の誕生から企業価値評価(バリュエーション)まで含んでおり、これ一冊読めば会計という技術が誕生してから、現代の最先端技術にまで発展していく歴史を俯瞰できるとともに、「会計とは何ぞや」ということが自然と理解できます。
レオナルド・ダ・ビンチと会計のかかわりなど会計人材にとって興味深いエピソードが満点です。登場人物は以下のとおり。
第一部(簿記と会社):
レオナルド・ダ・ビンチ、
シェイクスピア、
ルカ・パチョーリ、
コジモ・ディ・メディチ、
ヴァスコ・ダ・ガマ、
レンブラント、
ヤン・ヨーステン
第2部(財務会計):
ジェームズ・ワット、
ジョージ・スティーブンソン、
ターナー、
ジョージ・ハドソン、
ケネディ、
ケインズ、
ベンツ、
ヒトラー、
ワット、
第3部(管理会計とファイナンス):
リーランド・スタンフォード、
アンドリュー・カーネギー、
フレデリック・テイラー、
ジョン・ロックフェラー、
J・P・モルガン、
コカ・コーラ、
ルイ・アームストロング、
ジェームズ・マッキンゼー、
エジソン、
デュポン、
プレスリー、
ビートルズ、
マイケル・ジョンソン、
ゴールドマン・サックス
芸術家から起業家、政治家まで多士錚々ですね。特にレオナルド・ダ・ビンチやビートルズを題材として持ち出して会計を説明するというのは全く新しい、素晴らしい切り口です。
「会計実務に詳しくなる」
というよりは
「会計の大枠を理解する」
「会計にますます興味をもつ」
というような内容になっています。美術や歴史が好き、かつ、会計学の発展の歴史を知りたい、会計の本質を知りたい方はぜひ一読すべきです。
個人的には、バランスシート右側、つまり資本を握ることの大切さに関するエピソードが繰り返し出てくるのが印象的でした。
会計学では、「貸借対照表の右下は純資産の部」と機械的に習うだけですが、そこには歴史上数々の悲喜劇がエピソードとして紹介されます。
ビートルズの悲劇、マイケル・ジャクソンの成功、エジソンの誤算
などなど、記憶に残る内容でした。
成功のための自己啓発書としても読める本書、気軽に読める会計本ということでオススメです。
お金2.0 (佐藤航陽)
会計とは、あらゆる活動を数値に置き換える技術。そしてその数値は「お金」で表すことができます。
会計経理職の人財としては、今後「お金」がどのように進化していくかについて理解しておく必要があります。
今回紹介した本「お金2.0」は、「お金とは何か?」からはじまり、お金、テクノロジー、そして社会の未来を遠望する壮大な物語です。
本書における一番重要な主張は、
というもの。
本書では、個人の価値には3種類あって、どれも重要だし、価値さえ高まればいつでもお金に転換できるよ、と説きます。
・共感や好意のような内面的な価値
・信頼・人脈のようなつながりとしての社会的な価値
もちろん、普通の会社員がいきなり職場に置いて自分の個性を追及し始めるのは難しいと思います。
ただし、この本で書かれている将来のトレンドを意識しながら、日常の中で自分の価値を高める努力をすることは、変革の時代において必要でしょう。
未来予測の本ですので、それが将来全くその通りになるということはないでしょうが、少なくとも大どころのトレンドは外さなさそうな説得力があります。
また、生まれた時からテクノロジーに囲まれ、あくせくしながらお金を求める働き方にピンとこないミレニアル以降の世代はすっと腹落ちするのではないでしょうか。
仮想通貨、トークンエコノミー、価値経済、、、
これから社会にでる社会人が今知っておかなければならない最先端のトピックが解説されています。これから社会の荒波に出る新入社員に、未来を見据えながら読んでいただきたい良書です。
さいごに
さて、今回は会計経理人財のためのオススメ本を紹介しました。
会計経理というと地味で固い印象がありますが、それに関わる様々な背景やエピソードを知ると、俄然興味が湧いてきます。
少なくない時間を仕事に費やしているので、いろいろな関連本を読んで興味を持って仕事をすることが人生の充実、自身の成長のために効果的ですね。