【書評・レビュー】 『プロフェッショナルの未来』専門家が生き残るための現状把握と未来戦略のための処方箋。

「最近急速に進むAIの進化が、専門家の仕事にどのような影響を与えるか」

これはすべての仕事人にとって、今最も気になるテーマの一つではないでしょうか。

本書『プロフェッショナルの未来』は、ITやAI技術の発達が専門家の仕事に与える現状を分析し、今後どのように環境の変化に対応し、進化していくべきかつについて、ヒントを与えてくれます。

本書の著者は、自身もイギリスの法律家という専門職で、法律家の未来に関する多数の著作や論文を執筆するリチャード・サスカインドと英オックスフォード大学でテクノロジーを学ぶミレニアム世代の息子ダニエル・サスカインド。

旧来型の法律専門家で専門家の歴史の大家とテクノロジー世代の両者が「プロフェッショナル」の在り方について考察することで、テクノロジーが専門職に与える影響を鮮やかに描き出すことに成功しています。

この記事では、「プロフェッショナルの未来」を簡単に紹介し、今後プロフェッショナルが活躍するためのヒントについて考察したいと思います。

 

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テクノロジーの発達が専門家に与える影響

AI技術などテクノロジーの急激な発達により、従来のような「専門家」商売は通用しなくなっている点については、みんな薄々気がついていると思います。

これは、「専門知識」の大衆化が起こっているため。つまり、従来専門家の専売特許であった「専門知識」が、インターネットの普及によりだれでもアクセス可能となってしまったことに起因します。

この流れは全く歯止めがかかる様子はなく、続々と多くの人たちが自分の培った「知識」をインターネットに公開しています。AIはそれを自動で整理・集計・分析し、新しく高度な「知」を創出していきます。

インターネット以前は「知識」というのは、有料で専門家自身から得るのが通常であり、それ以外では限られた専門家の出版する書籍から入手することができるのみでした。

ところが、現代ではGoogleをたたけば、ありとあらゆる知識が無料で開示され、これにGoogleが仕掛けるGoogle Adなど、「知識をただで配って広告収入を得る」ビジネスモデルが拍車をかけます。

そんな状況に巻き込まれつつある「専門家」たちが今後どのような姿になっていくのでしょうか。

本書ではこの問いに答えてくれます。 

さすがに何十年も前から「法律家の未来」に関する著作を発表しているだけあり、本書は単なるテクノロジーや、専門家の未来予測に限らず、「知識とは何か?」「専門家とは何か?」という哲学的な問いにまで踏み込んだ非常に読みごたえあるものになっています。

従来の「専門家」像の崩壊

結論からいうと、著者は、「従来のような旧態然とした専門家は生きながらえない」と喝破します。

従来、専門家が専門家足りえたのは、

社会における知識の活用・管理を任された「門番」であり特権的地位にあった。

ため。

ところが今後は、

テクノロジー・インターネットで専門知識は細かなタスクに分解され、他の人に委託・高度な機械が代替するようになることで、社会の中で専門知識を共有する仕組みが発達し、現在の専門家の姿は過去のものになる。

と予測します。

こういう技術的な失業は、突然起きるものではなくゆっくり縮小していくため、まだまだ実感がわかないという人も多いかもしれません。

しかし、会計・税務の専門実務を見ると、昔は会計監査六法や、各種専門書を紐解き、解釈し、鉛筆なめなめしながら業務に当たったものですが、最近ではGoogleをたたけば、ほとんどの知識が手に入るようになっています。

そのため、「専門知識がタスクに分解され、インターネット上で共有される」というのは未来の話ではなく、現在進行形の事象であり、既にかなり成熟したステージにあるといえそうです。

特に「知識」について以下のような特徴があり、半永久的に再生産可能であるため、氾濫しやすいといえます。

・非競合(失われない)

・非排除(拒否できない)

・巨人の肩効果(既にある知識を活用できる)

・デジタル化できる

生き残る専門家に求められること

 それでは、専門家は自らの職業的看板を外し、新しい職業につかなければならないのでしょうか。

筆者は、専門家という職業が完全になくなることはなく、専門家をやめると必要はないと説きます。

これはなぜかというと、AIの発達に伴って、専門家の価値も変わるため。

つまり、今後、専門家の価値は、「知識を有していること」から「知を活用出来ること」に変化します。

ただし、今後専門家が付加価値を出していくには、以下の2つを抑えなければなりません。

・最新にアップデートしていること

・新しいアイデア、方法論で可能性を拡大

今後専門家は「教科書的知識では不十分で、最新の知識に加えて『ノウハウ』のようなものが必要」となります。

ノウハウとは、実務で得られた実体験や、「とはいうものの」というような、「教科書ではこう書かれているけど、実際はこうだよね」的な知識でしょう。

単なる知識の提供ではなく、ノウハウを自由に操れることが期待されるということです。

たしかに、たとえインターネットで知識を得ることができたとしても、その運用は素人には難しいです。その実務の全体像を知っていることや、教科書的ではない実務の経験が必要でしょう。

数多くのクライアントで色々な知識の運用を見ることができる専門家はここら辺に生き残りのヒントがありそうです。

各専門家業界における将来予測

本書では、様々なプロフェッショナルファームの近未来について予測しています。ここではそのうちのいくつかを紹介します。

コンサルティング・ファーム

本書では、「コンサル業界の変化は不可避」と説明します。

名著『イノベーションのジレンマ』において、エクセレントカンパニーがイノベーションに失敗し、新進気鋭のベンチャー企業に取って代わられる理由を鮮やかに描き出したクレイトン・クリステンは、コンサルティングビジネスについてこう喝破します。

問題企業に手を差し伸べる彼らは、倒れようとしている。

実際、従来の戦略コンサルが行っていたような、

「1枚の図で100万ドル」

をチャージするのが難しくなっているとのこと。たとえば有名なところではボストンコンサルティンググループの「PPM(製品ポートフォリオマネジメント)」などが代表例だと思いますが、このような、

「アイデア1つで1億円」

みたいな仕事は難しくなってくるのかもしれません。

この理由として、「従来は世界的ファームだけしか持てなかったコミュニケーション能力を誰もが持てる」ようになったためと説明します。

確かに、今や「マッキンゼー流●●」やら「BCG流●●」などの書籍は本屋に溢れており、従来は戦略コンサルタントの秘伝であったフレームワークが意図も簡単に手に入るようになっています。

コンサルティングファームにおいて、戦略的提案の仕事 は30年前に60〜70%あったそうですが、今は10%程度まで落ち込んでおり、その代わりにアナリティックス、データ分析のパッケージ商品がメインとなっているとのこと。

パッケージ商品であれば定型的に提供できるので、ある程度製品的知識が身につけばキレキレのコンサルタントが従事する必要性は少なくなるでしょう。

税理士

税理士業務はどうでしょう。

本書では、税務業務については、「特にテクノロジーに置き換えられるリスクが高い」と警告を鳴らします。

オックスフォード大学で出版された論文『雇用の未来』においても、税務業務に関連して人間に残るのは1%と言われており、税務業務を生業とする専門家は、特に未来の在り方について真剣に考えるタイミングが来ているのではないでしょうか。

ただし、税務業務に関しても、ナレッジの更新が早く、人間的なコミュニケーション、ノウハウや現場感が求められる業務、例えば移転価格や国際税務、事業承継に関する税務などについては、まだまだプロフェッショナルのアドバイスが求められそうです。

会計監査法人

主に公認会計士により担われる会計監査については、少し楽観的です。

本書曰く、

規制当局が保守的であり、そこまで急速ではない。

今後の流れとしては、「担当クライアントの活動の100%を精査出来る能力」が可能となる点指摘しています。

今後「専門家」に起こること

本書では、従来の専門職には2つの特徴があるといいます。それは、

「高度なカスタマイゼーション」

「対面のやり取り」

従来、専門家が専門家たり得たゆえんは、稀少性です。

つまり、専門家は、各クライアントの個別の問題に対して、顧客に最適なソリューションを提供(カスタマイゼーション)し、また、基本的に顧客を訪問して対面でやりとりしていました。

専門家が顧客と相対している間、他の顧客に対峙することはできず、そのことによって「希少性」が生まれていました。

ところがテクノロジーの発達で、この「専門家の特徴」が変化しています。

高度なカスタマイゼーションは、オンラインやクラウドに乗せることで「マス」を対象にしたパッケージで提供できるようになりました。

また「対面」に関してもリモートにて「テレプレゼンス」できるようになります。

これらを踏まえて筆者は、「専門家の時代の終わり」とし、今後専門家界隈に次の4点が起こると予言します。

 

1. オーダーメードサービスからの撤退

専門家の仕事は、オーダーメードのカスタマイズサービスから、徐々に効率性を追求する結果、ルーティン化、チェックリスト、クラウドソフトが進みます。テクノロジーの発達がそれを後押しすることでしょう。

2.専門家という知の門番の迂回

顧客は自らインターネットで必要な知識を得ることができるようになります。また、弁護士、公認会計士、税理士のような従来型の専門家を迂回して、データサイエンティストやナレッジエンジニアが専門知識を操るようになります。

3.対処から予防

さらには、問題が発生した後に対処するようなやり方から、予防・日常監視へとニーズが変わります。

4.コラボレーション

様々な専門家によるコラボレーションで付加価値を高めることや、少ないコストで多くのサービスを提供することを求めるようになります。

活躍する専門家になるために必要なこと

さて、ここまで来ると専門家の方々はだいぶ悲観的な気分になるのではないかと想像できますが、筆者は専門家が生き残る術を考察してくれています。

今後専門家に必要な能力として以下を挙げています。

・コミュニケーション能力

・自らの専門分野でデータを活用

・機械との関係を確立

・多様性を強化

まず、大事なことはこれ。

『クライアントのことに耳を傾け、共感する力』

ありきたりではありますが、『コミュニケーション能力』が大事です。

「柔軟性」をもって新しい知識を素早く学び、発展・適応する姿勢が大事です。

また、これからの専門家は『知識エンジニア』として専門知識を分解し、オンラインシステムの上で表現できる、この技術の有無が勝負を決めます。

ルーチン化できるもの、たとえば「手順、アルゴリズム、デシジョンツリー、チェックリスト」。

これらはシステムに置き換えられていきます。

そのため、専門家は「ルーチン化できない、認知能力が要求されるタスク」に集中すべき。

知識をたくさんつめこむことで試験に合格し、晴れて専門家となった旧来型の人の中には「人とのコミュニケーションよりパソコンや会計基準とのコミュニケーションがメイン」という人も多いのではないでしょうか。

このようなひとは残念ながら、オンラインに取って代わられていきます。

そういう意味で、この『プロフェッショナルの未来』に描かれた近い未来の専門家像は、とても人間らしく、やりがいに満ちた仕事になり得ます。

『プロフェッショナルの未来』は450ページの大著。ここでは一部を紹介しながら考察しました。専門家である人、専門家をこれから目指す人はもちろん、知識を使うすべての職業人にお勧めの一冊です。

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