事業領域によっては、昭和・平成の時代に栄華を誇った日本企業でも太刀打ちができないアジア企業が数多く出現しています。
例えば半導体産業において、自社ブランドを持たずに他のグローバル企業の半導体製造を一手に引き受けるファウンドリー・モデルを確立し、今や世界一の技術力、規模を誇る台湾のTSMCなどの例があります。
このような勢いのあるアジア企業は、どのような歴史的な変遷を経て、そしてどのような事業戦略をもって日本企業を凌ぐところまで拡大できたのか。
このような疑問に応えてくれるのが、「アジアのビジネスモデル 新たな世界標準」。
著者は、日本経済新聞編集委員の村山宏氏。香港や台北氏局長、アジア編集総局部長などを歴任したアジア通のジャーナリストです。
本書において著者は、「アジア企業は低廉な労働力と模倣によって発展したと理解されがちだが、先進国企業との競争や協調の中でアジア企業が自分自身の手でつかんだビジネスモデルが発展に貢献した。アジア経済の成長の陰に日米欧と異なるアジア企業独自のビジネスモデルがある」と主張します。
本書では、勃興するアジア企業のビジネスモデルを10の類型に分類して、代表的なアジア企業を例に上げて解説します。
当記事では、本書で解説されるこれらの10のビジネスモデルについて、概説したいと思います。
本とは、著者がその知見やノウハウを惜しみなく発揮する知の結晶。 何か新しい事業を行う場合や、新しい場所に赴く際に、先人の知恵を学ぶことが出来る、素晴らしい宝庫です。 当記事では、シンガポール、東南アジアに在住する方、事業を起こ[…]
モデル 1ー受託生産
1つ目のビジネスモデルは、台湾のエレクトロニクス産業で発展した受託生産ビジネス、ファウンドリーとも呼ばれる。
自社の商品ブランドを持たず、他企業の製品を生産する事業形態で、もともと設備投資に巨額資金が必要な半導体産業で、新興企業に資金的な余裕がなく、工場をもたないファブレス形態を選び製造を外部に委託したことから発展。
様々な企業からの要求に答えることで技術力を蓄積し、TSMCのような先端企業が誕生した。鴻海精密工業はiphoneの受託生産で有名に。
本書で詳述されている代表的な企業
・TSMC(台湾)
・鴻海精密工業(台湾)
・広達電脳(台湾)
モデル 2-アジアのファブレス
ファブレス企業とは、工場を持たずにブランドビジネスを展開する企業や半導体設計企業。
スマイルカーブの川上、川下の付加価値の高いソリューションビジネスや販売・サービス、マーケティングを重視する。
本書で詳述されている代表的な企業
・エイサー(台湾)
・シャオミ(中国)
・メディアテック(台湾)
モデル 3-垂直統合
受託生産やファブレスなど、アジアでは水平分業が登場し席巻していたが、自社で製品開発から、製造、組み立て、販売までを手掛ける垂直統合モデルで成功したのが、サムスン電子やBYD。
成功すれば、製品は川上から川下まで手掛けることができ、シナジー効果で利益が大きい。一方、規模の経済がきく失敗すると製造から販売まで一連託送で行き詰まる。
まさしく日本の電気メーカーの失敗が典型例。
本書で詳述されている代表的な企業
・サムスン電子(韓国)
・BYD(中国)
モデル 4-毛沢東戦略
技術・品質に劣る企業が、優良企業との競争を避ける戦略。
優良企業が参入しない農村や新興国など未熟な市場の開拓に力を入れ、規模・技術・品質が工場したところで先進国市場に参入するという成長モデル。
毛沢東の唱えた「農村から都市を包囲する」という戦術に倣う。
本書で詳述されている代表的な企業
・ファーウェイ(中国)
・OPPO(中国)
・メイバンク(マレーシア)
モデル 5-所得階層別マーケティング
新興国の低所得者層向けビジネスで、消費者の数が一番大きいボリュームゾーンの低所得者向けに支持される商品を提供すれば、薄利多売でもビジネスが成り立つと考える。
一方、マレーシアのシャングリラホテルなど、高所得者向けのビジネスで成功する企業もでている。
本書で詳述されている代表的な企業
・タタ自動車(インド)
・グラミン銀行(バングラデシュ)
・シャングリ・ラ・ホテル(マレーシア)
モデル 6-タイムマシン経営
先進国で普及したビジネスを後進国に持ち込む経営手法。
タイのCPグループは米国で確立していたブロイラーをタイに導入。常に米欧日の食品・流通、サービス業を注視しており、タイで商売になりそうなビジネスをいち早く導入してきた。さらに、タイよりも経済発展が遅れている地域に持ち込み、2度の成功につなげる。
先進国と新興国との中間に位置する「高開発の新興国」でよくあるビジネスモデル。
本書で詳述されている代表的な企業
・CPグループ(タイ)
・現代自動車(韓国)
・ジョルダーノ(香港)
モデル 7-リープフロッグ
リープフロッグは、最新技術を使って新興国が先進国を一気に飛び越える現象。
フラット化した世界、ITビジネスでは、先進国、新興国の別け隔てなくITビジネスがスタートする。それまでの産業のように時間をおいて先進国から新興国にビジネスが波及するわけではない。
そこで、新興国のIT企業が短時間で実力をつけ、先進国企業と同等に競う、それどころか新技術を使って先進国企業を一気に飛び越える新興国企業が現れる。
例えば、メッセンジャーアプリは韓国系企業が日本でLINEを開発。
中国でもWechatが生まれ、米国⇒韓国⇒中国⇒日本⇒その他アジア の順で進んでしまった。これぞ、リープフロッグ。
本書で詳述されている代表的な企業
・インフォシス(インド)
・アリペイ(中国)
・ネイバー(韓国)
モデル 8-ウィナー・テイクス・オール
アジア新興地域では、自由競争に任せてしまうと過当競争が起こり、成長へと資金が回らない恐れがある。
そこで、企業を一つにまとめ、先進国の巨大企業に対抗していかねばならないと考えから、成長モデルとしての独占・寡占企業が出現。
本書で詳述されている代表的な企業
・現代自動車(韓国)
・中国中車(中国)
・テンセント(中国)
モデル 9-国家資本主義
アジアでは国家と企業が一体となる国家資本主義が再び脚光を浴びている。
代表例はシンガポールの政府系投資ファンド・テマセク。
政府資金で企業を興し、株式会社の形態をとり、政府は大株主として多くの配当を手にする。
政府は企業の大株主として残るが、経営そのものには口を出さない。経営危機などの突発事態が起これば政府がすぐさま解決に乗り出す。
本書で詳述されている代表的な企業
・テマセク(シンガポール)
・北京上海高速鉄道(中国)
・国家集成電路産業投資基金(中国)
モデル 10-不断のM&A
アジア企業は、M&Aで大規模化してきた。
特に華人企業は、決断の速さがあり、祖業を捨てることも厭わなかった。
例えば、砂糖事業で財をなしシュガーキングと呼ばれたマレーシアのロバートクォックは、シャングリラホテルグループに軸足を移した。
華人企業が短期間でビジネスを組み替えることができるのは、M&Aを効果的に利用してきたから。
本書で詳述されている代表的な企業
・リッポーグループ(インドネシア)
・サンミゲル・コーポレーション(フィリピン)
・長江グループ(香港)
さいごに
本書において著者は、「アジア企業のビジネスモデルに日本は無頓着だった」といいます。
日本企業は、欧米ビジネスを追いかけているうちに、アジアで起きている変化を見逃し、アジア企業に敗北を重ね続けているのだと。
日本企業がこれから巻き返しを図り、アジアを手動する経済大国としての地位を奪還するには、ライバルであり、そして協力すべきパートナーでもあるアジア企業について深く理解する必要がある、そんなことを考えさせられました。
本書では、各ビジネスモデルにおいて複数の企業が取り上げられており、大企業となっていく経緯や戦略の詳細が描かれています。
今後アジアでビジネスをしていく方には何らかのヒントを与えてくれること間違いなしでおすすめです。