近年、東南アジアの経済は活況を増しており、特に数多くのテック系スタートアップが誕生しています。
実際、企業価値が10億ドル以上を有するいわゆるユニコーン企業の数は、日本の14社に対してシンガポール18社、インドネシア11社と同水準となっています。
このような勢いのある東南アジア・スタートアップ事情を理解するのに最適な本が、「東南アジア スタートアップ大躍進の秘密」。
本書の著者は、日本経済新聞社のシンガポール・マレーシア支局長を兼務する中野貴司氏、前ジャカルタ支局長の鈴木淳氏。(執筆時当時)
日本経済新聞という経済メディア最高峰の、しかも東南アジアに実際駐在していた各国に詳しい記者による現地のスタートアップ事情の紹介であり、非常に洞察に富んだものとなっています。
本記事では、「東南アジア スタートアップ大躍進の秘密」の概要について紹介したいと思います。
本とは、著者がその知見やノウハウを惜しみなく発揮する知の結晶。 何か新しい事業を行う場合や、新しい場所に赴く際に、先人の知恵を学ぶことが出来る、素晴らしい宝庫です。 当記事では、シンガポール、東南アジアに在住する方、事業を起こ[…]
東南アジアのスタートアップ
筆者によると、「東南アジアのスタートアップ界隈は欧米のものまねのクローンばかりであった。
ところが、ここ10年間で、東南アジアの経済や文化に適応したミュータント(突然変異体)が数多く生まれ、今は独自のビジネスモデルを持つ新種が増えている」とのこと。
新興国は技術もノウハウも不十分ですので、先進国ビジネスのビジネスモデルを模倣するのはどの国も通った道であり、半ば仕方がないかと思います。
しかし本書は、2018年ごろからこの状況が変わり始め、
・東南アジアの経済や文化に適応した突然変異体が数多く生まれ
・独自のビジネスモデルを持つ人種が増えている
と分析します。
その具体的な例として、
・(日常生活のあらゆる需要を1つのアプリで満たす)スーパーアプリ
・動画投稿アプリなどアジアから生まれる技術革新
を指摘します。
いわば、今や中国も含めたアジアが、世界のイノベーションの発信地になっているとのことです。
コロナ禍による東南アジアの変化
このような、スタートアップの進化には、コロナが東南アジアのデジタル市場にもたらした変化が大きいと指摘します。
具体的には、以下のような現象が進みました。
1. ネット利用の標準化
2. ネット利用の深化
3. 地方の都市化
つまり、ロックダウン下で必要に迫られて、ネット通販や食事宅配を利用を余儀なくされることでネット利用が当たり前となり(ネット利用の標準化)、
スマホはモノを買うだけでなく、チャット機能、ゲームエンターテインメントなども楽しむようになり(ネット利用の深化)、
地方在住者も大都市の住民と同じ商品購入、同じ体験(地方の都市化)が可能となりました。
個人的にはこのような変化は東南アジアだけではなく欧米、日などの先進国でも見られる現象かと思いますが、
ネット普及や都市化が遅れ、サプライチェーンも十分ではない東南アジアでは特に急速に変化したと感じます。
本書で紹介される東南アジアのスタートアップや組織
本書では、東南アジアを代表するスタートアップ企業、その成長を支える組織について各組織ごとに1章を割り当ててかなり詳細に取材をしています。
創業期からユニコーンへのエピソードや、成功要因、創業者の人柄までが深くまた立体的に理解出来る構成で、かなり興味深い内容になっています。
グラブ
グラブは、マレーシア・シンガポール発のスーパーアプリです。当初は配車アプリから始まり、現在は宅配やサービス予約、金融など様々なサービスを展開します。
SEA
シンガポール発のインターネット総合企業。ECプラットフォームの「Shopee」、オンラインゲームの「Garena」、デジタル金融「SeaMoney」などのサービスを運営します。通称、「東南アジアのAMAZON」。
ゴジェック
インドネシア発のオンラインタクシー、配車アプリ。2021年にトコペディアと合併してインドネシア最大のネット企業「GOTO」へ。
本書では、グラブ創業者とゴジェック創業者が米国ハーバード大学の同窓であり、両者の関係など描かれており興味深いです。
トコペディア
インドネシア最大のオンラインマーケットプレイス。2021年にゴジェックと合併してインドネシア最大のネット企業「GOTO」へ。
本書では、トコペディア創業者の社会課題解決に対する熱い想いと、投資家主導のGOTOへの再編への経緯など描かれており興味深いです。
テマセクファンド
テマセクファンドはシンガポール政府系ファンドで、グラブ、SEA、GOTOの3グループ全てに出資する他、世界中のユニコーンにアーリーステージから出資しています。
米中間のどちらとも中立的・友好的立場を維持する立ち位置を活かして、世界第1、2位両経済大国の有望企業にいち早く出資出来るのが強みです。
本章では、テマセクファンドに並んで日本のソフトバンクグループが紹介されています。ソフトバンクグループもテマセクと同様、GrabやGOTOなど東南アジアのスタートアップに多額の出資をすることで東南アジアスタートアップの成長に貢献しています。
日本ではなく、東南アジアのスタートアップに投資魅力があるという現在の状況を、日本は変えていかなければいけないのかもしれません。
NUS海外カレッジ
シンガポールのスタートアップ企業について、NUS(シンガポール国立大学)の企業化育成プログラムの存在が大きいと紹介されています。
NUSからシリコンバレーに留学するプログラムですが、シンガポールユニコーンの、カルーセル(ECプラットフォーム)、パットスナップ(AI・データ分析)の創業者はともにNUS海外カレッジの卒業生とのこと。
不動産ポータルサイト「99.co」を創業する卒業生のコメントとして、以下の一文が紹介されており、心に残りました。
シリコンバレーで出会った起業家は「特別に賢いわけではない」、と感じた一方で「起業家に最も必要なのはビジョンと決断力」
財閥の第3世代
インドネシア、タイなど、東南アジア経済に君臨する財閥の存在を無視できません。
第3世代といわれる現在の財閥経営者は、オープン・グローバルであり、デジタル化に挑んでいます。リソース、ネットワークと歴史を有する財閥の新世代が東南アジアのスタートアップの台風の目となる可能性があると本書は指摘します。
東南アジアスタートアップの強み
本書では、東南アジアスタートアップの強みがいくつか分析されていますが、特に
1.エコシステムの存在
2.米中対立
が大きな影響を与える要因ではないかと感じました。
新興市場の成長を促すエコシステム
まず1つ目として、新興市場の成長を促すエコシステムの存在が紹介されています。
具体的には、
・大学、政府系ファンドなどの投資家
・起業アクセラレーター
の存在です。
実際、東南アジアは「Emerging Ecosystem(勃興するエコシステム)」(スタートアップ・ゲノム社)のランキングで3位にインドネシアのジャカルタ、21~30位の層にマレーシアのクアラルンプールが入っており、東南アジアの主要都市はスタートアップが育つのに必要な諸要素を少しずつ備え始めていると分析します。
なお、シンガポールは、さらに上位ランキングのStartup Ecosystem(スタートアップエコシステム)で18位です。
今後東南アジアのエコシステムが更に充実し、世界ランキングで順位を上げていく可能性は大きいと本書では指摘されています。
また、特にシンガポールでは起業アクセラレーターの存在を指摘しています。
起業アクセラレーターとは、移住のための起業家専用ビザ取得から手助けし、起業家育成の専用口座を通じて経営ノウハウを指南、出資、ネットワーク紹介など起業に必要なあらゆる点を支援、指導する専門家であり、起業家が事業を拡大するのに大きな役割を果たしています。
米中対立
本書では、米国と中国の対立は、東南アジア経済にとっては有利な状況を生み出す可能性があると分析します。
米国が中国の、またはその逆の投資は難しくなっており、また両国において進むテック企業への締付けが、東南アジアに資金を向かわせる要因となるかもしれません。
実際すでに、インフラ、テック分野で米中がデジタル化の進む東南アジアを狙って競争を繰り広げており、グラブやGOTOには、米中の投資家が出資します。
現状では、東南アジアはデータローカライゼーションや個人情報保護など、テックに関わる規制がゆるい点も東南アジアへの投資を後押しします。
ギグワーカーの保護という世界の潮流は無視できないものの、引き続き東南アジアスタートアップは、世界の投資家の関心を引き続けることが予想されます。
日本と東南アジア・スタートアップ
東南アジアスタートアップと日本の関係はどのようなものでしょうか。
筆者は、「東南アジアは日本企業が現地のスタートアップと相互に利益を得るwinwinの関係が築ける地域」と解説します。米国及び中国は以下のような状況にあり、日本企業から投資することが難しくなっています。
米国:人材資金が豊富で日本企業が食い込むのは難しくなっている
中国:政治リスク、規制リスクで日本企業に投資しにくい環境
一方で、多くの東南アジア諸国は日本と良好な関係を維持しており、ともに成長していくことができそうです。
特に筆者は、「日本は東南アジアから学ばないといけない」と強く主張します。
従来、マレーシアの「ルック・イースト政策」に代表されるように、日本は第二次大戦移行、東南アジアに技術や資金、ノウハウを提供する側でしたが、東南アジアに勃興したスタートアップ経済は、そうした見方を根本から転換するように迫っています。
日本でもスタートアップを増やして経済を活性化させるためには何をすべきか、議論が盛り上がっていますが、そのヒントの一つは米国や中国だけではなく、東南アジアにあるように思います。
これ以上の日本経済の沈下を防ぐために、今一度、東南アジアのスタートアップが成し遂げていることに注目していきたいと思います。
さいごに
本書において、「東南アジア各国でスタートアップが相次いで誕生してきている背景は、社会課題の解決という強い動機が存在する」と分析します。
私自身も、まずは目先にある課題の解決のために何か出来ることはないか?そんな疑問をもつことからスタートアップ的な人生を構築していきたいと思いました。
東南アジアビジネス界隈の現在の状況を理解するため、またスタートアップ的なモチベーションをもらうためにも、本書は非常におすすめです。
序章:スタートアップが担う東南アジアの成長
第1章:グラブ -創業10年で米国に上場
第2章:シー -「東南アジアの」アマゾンの実力
第3章:ゴジェック -社会を変えて「インドネシアの誇り」に
第4章:トコペディア -大型統合で「GOTO」が誕生」
第5章:巨艦ファンド・テマセク、ソフトバンクグループ
第6章:起業を促すエコシステム
第7章:3強に続く各国のスタートアップ
第8章:財閥第3世代が秘める可能性
第9章:米中のはざまで