【書評・レビュー】日本企業が海外で成功する勝利の方程式?「日の丸コンテナ会社 ONEはなぜ成功したのか?」

シンガポールの港で一際目立つ「真っピンク」のコンテナ船。シンガポール在住者は一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

このピンクのコンテナ船、実は日本トップ3の海運会社である日本郵船、商船三井、川崎汽船がシンガポールを本社として合弁で設立したコンテナ輸送会社「ONE(Ocean Network Express)」が運航するもの。

ONEは2017年設立ですが、2022年3月期には出資元の海運3社に 2兆円を超える利益をもたらし株価の爆上げに貢献したことで、注目の的となっています。

日本の伝統的な企業による合弁会社の設立は、半導体や液晶、家電など過去にも例がありましたが、どれも上手く行かなかったという歴史があります。

その一方で、この海運会社ONEは日本の大企業による合弁でありながら歴史的な成功を収めるということで、非常に興味深いケースです。

このONEの成功の秘訣について紐解いたのが2023年2月に日経PBから出版された「日の丸コンテナ会社 ONEはなぜ成功したのか?

日本海事新聞編集局長の幡野武彦氏、拓殖大学商学部教授松田琢磨氏の共著であり、ONE創立時の中心人物のインタビュー世界のコンテナ船業界の変遷を元に、ONE成功の軌跡をたどります。

ONEの成功は、日本の伝統的企業が海外で成功するための秘訣について非常に示唆に富みます。

また、ONEのビジネスはシンガポールが舞台ということもあって、シンガポールの海運界隈の話がたくさん出てきて、シンガポール在住の人にとっても興味深い内容となっています。

本記事では、本書の中からONE成功の要因について紹介したいと思います。

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日の丸コンテナ船「ONE」とは

もともとコンテナ輸送は、日本の3大海運会社である日本郵船、商船三井、川崎汽船の本流であり、祖業とも言える名門事業でした。

ところが、船舶事業は船以外にもコンテナや陸上設備への大きな投資が必要で、サービスの差別化も難しく、競争が激しいという事業上の困難がありました。

それに加えて、コンテナ輸送ビジネスはリーマンショックの荒波を受けて業績は低迷。

2010年代には世界最王手のデンマーク・マースクが超大型船建造を進め、燃費効率やコスト削減から運賃値下げに走り、ライバルの淘汰を狙ったことで、競争環境が激化、赤字が常態化していました。

海運大手3社は営業上競合関係にあり、ライバル意識が強いものの、マースクなど海外大手海運会社の規模の経済に対抗するため団結するしか手がなかったという状況にありました。

こうして、3社が合弁に同意、2017年に日本にとってコンテナ輸送を手掛ける唯一の海運会社であるONEが誕生しました。

ONE成功の要因

Oneは日本の伝統的企業の事業統合会社として大きな成功を収めましたが、本書ではその成功要因として、主に4つを挙げています。

第1の成功要因:出島組織

本書における最大のキーワードは「出島組織」。

出島組織とは、親会社のある日本から遠く離れた「出島」に設立された新会社で、ONEはシンガポールに本社を設置しています。

本書いわく、東京にちかいと親会社3社の声が大きくなり、最大公約数的な経営方針になってしまっただろうと推測します。

尖った戦略を実行できず総花的な戦略で散って行くのは、失敗した再編日本企業の常道です。

3つの親会社から物理的に距離を置くことで、ONEの経営陣は裁量権を与えられて運営を一任される仕組みが構築されたことが、ONEの成功をもたらしました。

第2の成功要因:民間主導の再編

ONE成功の第2の要因として挙げられているのが、「民間主導の再編」であったこと。

過去の半導体や家電の再編は政府や銀行主導であったため、経営判断が歪み、また機動的な対応ができなくなるという欠点がありました。

個人的には、「危機感を伴った強烈な当事者意識」が、ONEを成功に導いたのだと感じました。

第3の成功要因:明確な青写真

3番目の成功要因は、ONEが「明確な青写真」を有していたこと。

ONE設立以前10年以上前から、コンテナ船事業の本部機能は日本郵船、川崎汽船はシンガポール、商船三井は香港と、海外に切り出されていました。

これにより、すでに海外でノウハウが積み上がっており、ONEではその下地を元にプランを実行していけば良いという状態でした。

なお、シンガポールは東西貿易の中継点として、コンテナ取扱量で2005年から世界1位、2010年に上海に首位奪われてもいまも世界2位のコンテナ港です。

シンガポールは港湾運営において船社を誘致したり、自動化を進めたりするなどの工夫しながら物流ハブとしての地位を維持しており、10位以下の香港に大きく引き離しています。

本書でも、ONEがシンガポールを選んだ理由として以下があります。

・海運税制面のメリットがある
・海運関連人材・情報が豊富
・海運業が集積する都市である

第4の成功要因:若手中心のベンチャー文化

ONEの第4の成功要因として「若手中心」であることを挙げています。

ONE発足時の役員は40代後半〜50代、そのためスタッフはそれより若い年次 30代〜40代が中心であり若手、中堅社員が思う存分腕を振るえる環境が与えられました。

本書はこれを日本の伝統的会社における「奇跡の人事」と言います。

たしかに、社運をかけた海外事業を若手だけに任すというのは、従来の日本大企業にはなかったように思います。

著者は、この人事がおこなわれたのは「シンガポール行きが必ずしも成功の保証がない「片道切符」だったから」と分析します。

これにより、ONEは売上が兆円を超える大企業でありながら、ベンチャー企業のような社風を有するに至ります。

たとえば、革命的な「ピンク色のコンテナ」は、保守的・事なかれ主義的な熟年世代の経営陣からは生まれなかった可能性があります。

また、社名が「ONE」というのも革新的で、従前の日本企業ならその大企業連合の社名には「Japan」を入れていただろうと筆者は分析します。

3社が1つになり、ナンバーワンをめざして唯一無二の存在になる」その思いを込めるONEという名称は非常に秀逸と思います。

新会社を設立することで、最新のテクノロジーや仕組みをゼロから導入することが可能となり、また改善したくても用意に進まなかった古い仕組みはリセットできたことできたと書かれており、若い組織のメリットを最大限生かされた上での成功と感じます。

とはいえ、おそらく本社の年配の人たちも、若い世代の海外での挑戦を邪魔することなく、大企業で培ったノウハウや失敗体験を余すことなく伝えることでONEの成功に貢献していたのだろうと考えられます。

さいごに

ONE発足以前は日本のコンテナ事業は3社とも世界10位圏外であったのが、ONE統合後、取り扱い量で世界6位、シェアも5%を越えたとのこと。

コロナ禍においては、世界的に物流に混乱をきたすなか、コンテナ会社の意義があらためて見直されました。

いわく、コンテナ船の主戦場は東南アジアや中国に移っており、平時であっても日本の港への寄港は望まれないとのこと。

ましてやコロナ禍において、世界の海運会社は自国の輸送を優先し、日本にモノが届かない国家的なリスクがありました。

その状況の中、ONEは日本の海運会社の責務として、コロナ禍であっても臨時船を投入し、自国民、国家を救うことができたと紹介されています。

コンテナ船事業は一度手放してしまうと二度と取り戻せない事業でであり、全体を俯瞰したシステム構築・運営の能力が問われるといいます。

技術力やスタッフの熟練、コンテナ船とその運航ノウハウはもちろん重要だけれど、数百隻のコンテナ船を日々運行し、世界の多くの国との間で定期航路を提供してネットワークを張り巡らせる組織運営力はこそが長年に渡って培われてきたものであり、かけがえのない資産といいます。

この「きめ細かい総合力」こそが日本企業の真髄と思います。その意味でもONEは他の日本企業も参考になる成功例ではないでしょうか。

最近はその硬直的な文化や給与の停滞から「JTC(Japanese Traditional Company)」と揶揄されがちな大手日本企業ですが、まだまだ偉大な企業は数多く存在し、やり方によっては世界に冠する企業が復活するのではないかと感じさせる内容でした。

本書では、組織統合のケーススタディとして非常に参考になります。ここで紹介した成功要因についても本書ではより詳しく分析されており、当時者へのインタビュー含め非常に貴重な資料になっていると思います。

また、世界のコンテナ業界の歴史的変遷や現状、問題点等が詳述されており、専門外の私でも大変興味深く読むことができました。

シンガポールが舞台ということもあり、シンガポールの地名や港湾戦略の一端を垣間見ることができる点も、シンガポール在住者にとっては楽しめるのではないでしょうか。

シンガポールのみならず海外で事業を行う日系企業は必読の書であると感じました。


 「日の丸コンテナ会社 ONEはなぜ成功したのか?
第1章 世界的不況とコンテナ市況の低迷
第2章 業界大再編と淘汰の嵐
第3章 背水の陣として発足したONE
第4章 新天地とコロナ禍
第5章 ONE「奇跡の成功」の舞台裏

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