【シンガポール・移転価格税制】地域統括会社のグループ内取引価格の決定方法。

グループ会社間で取引を行う場合、取引価格はグループ内で自由に決めることができるものの、「適正な取引価格」で行い両当事国に適切な納税を行わなければならない。

これが、近年話題の移転価格税制の考え方です。

この、「適正な取引価格」は専門用語で独立企業間価格(Arm’s length price)と言いますが、この価格の「いくらなら適正といえるか」を決定することに多くの会社が頭を悩ませ、税務当局は目を光らせています。

この点、シンガポールは、その地理的・経済的なポジションから、東南アジアにおけるハブとしてグループ内の地域統括会社 (RHQ: Regional Headquarter)として利用されることが多いです。

地域統括会社になると、様々なグループ内取引が行われ、金額も大きくなってきます。

そこで今回は、地域統括会社における「適正な取引価格」の考え方について解説したいと思います。

特に、後述するように「適正価格」を考えるあたっては「機能」と「リスク」を分析する必要があります。

この「機能」と「リスク」を考えるにあたりシンガポール税務当局(IRAS)の公表する移転価格ガイドを参考としていますので、興味のある方は原文をご参照ください。

移転価格税制の詳細については以下の記事に記載しています。

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移転価格税制における「適正な取引価格」

グループ内取引の適正価格を決定するにはどのように考えれば良いでしょうか。

一般的に、価格は製品やサービスが提供する「機能」と「リスク」により決定されます。

たとえば、家電商品で考えてみるとわかりやすいですが、たくさんの「機能」が付与された製品は価格が高くなります。

また、製品保証の期間がながければ、製品の価格が高くなります。この製品保証は、会社が「リスク」を負担していることのあらわれです。

移転価格税制におけるグループ内取引の適正価格についても同じ考え方となります。

取引当事者のうち、「機能」と「リスク」の負担が大きい会社利益を多くとるべきということになります。

では、シンガポールの地域統括会社にとっての「機能」と「リスク」はどのようなものがあるでしょうか。

地域統括会社の提供する「機能」

地域統括会社が他のグループ会社に提供する「機能」について、以下のようなものが考えられます。

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1.流通、製造、研究開発の主体

地域統括会社が自身が流通、製造、研究開発の主体となる場合も少なくありません。

ただし、この場合でも地域統括会社は自社のことだけではなく、グループ(または統括域内)における最適な材料調達やサプライチェーンの構築に貢献し、事業のベストプラクティスを示す事になります。

そのため、通常の製造会社よりも、多くの「機能」を担っている可能性があります。

2.コア事業のプロセスに関連する活動

地域統括会社は域内のグループ会社に対してコア事業のプロセスに関する活動を提供する場合があります。

典型的には、グループ内のサプライチェーンやサービスの一部として提供され、グループ全体の事業プロセス効率化に寄与します。

例としては、材料調達、販売サービス、規制コンプライアンスやIT、データサービスなど高度な技術を必要とするバックエンド業務などです。

コア事業のプロセスに関連する活動を担う場合は、より本社に近い戦略的意思決定を行っていることになるため、機能の付加価値は高いと言えます。

3.アドミ、技術、マネジメント、調整、管理業務

こちらは地域統括会社の機能としてイメージしやすいかもしれませんが、地域統括会社は、域内のグループ会社対して、事務管理、マネジメント、調整業務を集約して提供します。

具体的には、請求管理、売上債権債務の残高 管理、税務申告などです。業務量が多い一方で、標準化可能なルーティン業務であるため、地域統括会社に業務を集約して規模の経済を活かすのが理にかなっています。

地域統括会社の指示のもと、外部の会社に外注される場合もあります。

4.株主業務

地域統括会社が域内グループ会社の株主であるケースが多く、この場合は株主業務を提供することになります。

たとえば、グループの連結財務諸表作成のための情報収集などです。

注意すべき点は、一般的に地域統括会社が提供する株主業務は、各グループ会社の利益となっていないため、統括会社はサービスフィーを課すことができません。

地域統括会社がどのような機能を提供しているか詳細に分析し、それに応じた利益率を設定しなければなりません。

地域統括会社の負担する「リスク」

移転価格税制を考えるにあたり、地域統括会社が提供する「機能」と同様、負担する「リスク」についても分析し、負担するリスクに見合った利益を獲得する必要がります。

地域統括会社が負担するリスクとして、以下のようなものが考えられます。

地域統括会社が負担するリスクの種類

市場・経済リスク

インフレ、金利変動など、マクロ経済上のリスク、戦争などのカントリー・リスクが含まれます。マクロ環境の変化による消費者の需要変動が、ひいてはグループ全体の利益に影響を与えます。

商業リスク

商業リスクは、販売に関するリスクであり、市場の需要不足、マーケティングの失敗などが含まれます。事業戦略の誤りや、不正確な需要予想などで商業リスクが顕在化します。

サプライチェーンリスク

サプライチェーンに関連したリスクは、たとえば原材料や副資材が十分に調達できないこと、製造コストが高くなること、生産の効率性があがらないことなどが含まれます。

製品保証リスク

製品保証や、製品が使用者に与える損害に対するリスクです。

在庫リスク

在庫の欠品、輸送中の在庫が損傷を受けるリスクなどが含まれます。

環境リスク

特に製造業で多いですが、環境に与える影響に関するリスクです。

製造能力リスク

製造能力が需要に対して不足していないか、または過剰となっていないかに関するリスクです。

為替リスク

為替レートの変動により為替換算差損を被るリスクです。

オペレーションリスク

サービス提供ができなくなるなど、オペレーションの断絶に由来するリスクです。

地域統括会社におけるリスクと利益率の考え方

地域統括会社が、コア事業のプロセスに関する活動を行っている場合は、グループ全体にとってかなり重要なリスクを担っていると言えます。

例えば、地域統括会社がグローバルレベルのサプライチェーン方針や手続きを決定し、グループ会社に当該方針と手続きの実施を求める場合、これはグループ全体の経営上の意思決定を担っていると言えるため、上記でいうところのサプライチェーンリスクに限らず、事業運営そのもののリスクを担っていると考えられます。

そのため、当該サービス提供の利益率については、単なるサプライチェーンサービスを提供するのに比べて高くならなければいけません

一方、たとえば地域統括会社が単に事務管理、マネジメント、調整業務のみを提供しているような場合は、大きな事業リスクを負っているとは考えられないので、それに応じた高くない利益率となるでしょう。

さいごに

以上、地域統括会社とグループ会社の「適正な取引価格」を決定するにあたっては、地域統括会社が提供する業務について、どのような機能を担っているか、またどのようなリスクを負担しているかを個別に分析し、その「機能」及び「リスク」に見合った利益率と取引価格を決定する必要があります。

とはいえ、文章で書くには簡単ですが、実際に行うには、他社がどのように行っているかをベンチマークする必要があります。

なぜなら、自社では高い機能、大きいリスク負担と思っていても、他社と比べると実際はそうではないということもありえるからです。

そのため、グループ内の「適正な取引価格」の決定には、経験豊富な専門家のアドバイスを求めることが有用です。

移転価格税制へのコンプライアンスは世界的に高まっています。税務調査にあたっても問題がないよう、グループ内取引の大きい会社は十分に準備することが必要です。


当該情報は執筆時時点に公表されている法令・ガイドライン等を参照しています。本記事に記載された制度は、弊法人作成後、法令・条例・通達・税制の変更・改正等により、改廃が行われている可能性があります。従いまして、特定の目的利用及び専門的な判断にあたっては、会計・監査・法務・税務・労務等の専門家にご相談頂くようお願いいたします。本資料に基づいた行為(不行為)につき、一切の責任を負いません。


 

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