事業の運営にあたっては、事前に戦略を立案し、それに従って実行していくことが有効であり、一般的です。
大企業であれば、経営企画室に優秀な社員と経験の蓄積があるため、海外事業戦略の立案と実行は組織活動の通常業務として回していくことができます。
一方、中小企業や個人で事業を行う場合は、有効な事業戦略を立案することは難易度が高いのではないでしょうか。
今回は、事業戦略立案の一助となるため「顧客価値の方程式」について紹介したいと思います。
顧客価値の方程式とは?
「顧客価値の方程式」とは、ハーバード大学のジェームス・へスケット教授が提唱した理論で、顧客が購買活動に得られる価値について数式化したものです。
具体的には、顧客価値について以下の方程式が成立します。
VC:顧客価値(Value for Customers)
左辺のVCは、購買活動から顧客が感じる価値の総体です。
R:結果(Result)
分子のRは、顧客が製品・サービスから得られる結果です。
顧客が製品・サービスにお金を払うのは、製品やサービスそれ自体が欲しいのではなく、そこから得られる価値です。
これは、マーケティング理論において一般的に用いられる比喩にあるとおり、「顧客がドリルを買うのは、ドリルがほしいためではなく、穴がほしいから。」ということです。
PQ:プロセスの品質(Process Quality)
分子のPQは、製品やサービスの提供プロセスにおける品質です。製品・サービスを受取るプロセスにおいて顧客が感じる質的な満足をいいます。
担当してくれる販売員が丁寧でストレスがない、ですとかネットショッピングで早く配送される、保証が厚いなどです。
C:購入価額(Cost)
分母のCは、製品やサービスの対価そのものです。
こちらは説明が不要ですね。
AC:アクセスコスト(Access Cost)
分母のACは、製品やサービスを購入するための付随費用です。
たとえば製品やサービスを探すための費用、お店に行くまでの交通費などです。
以上まとめると、右辺の分子(R+PQ)は「利益(付加価値)に関する指標」、分母(C+AC)は「コストに関する指標」ということになります。
分母が分母を越える、つまり、割り算の結果が「VC>1」をとなる場合に、顧客の価値を感じることになります。
そして、その値が大きければ大きいほど、顧客に与える付加価値が大きくなります。
海外市場で成功するためには、どの国に進出すべきか? この問いは、海外進出を目指すいかなる企業、個人にとって重要なものです。 数多ある国の中で成功できそうな国はどこかは非常に難しいですが、今回はこの難題を考えるにあたり、2015[…]
顧客価値の方程式が導く事業戦略とは?
それでは、この「顧客価値の方程式」に従った事業戦略はどのようなものが考えられるでしょうか。
1.分母を最大化する戦略
分母を最大化する戦略は、顧客に与える付加価値を高める戦略です。これは、アップル製品や、エルメスやヴィトンなど欧州のハイブランドに代表されるような、高価格・高付加価値戦略です。
「顧客価値の方程式」におけるポイントは、「提供する製品自体の価値(R)」と「アフターサービスやカスタマーリレーションなどプロセス(PQ)」を明確に分けている点です。
特に資金や時間等のリソースに限りがある中小企業の場合は、差別化を明確にするためにRとPQのどちらで勝負するかを決めて、集中投資するのが良い戦略となりそうです。
「プロセス価値(PQ)」で勝負する例が航空会社です。JALやANAのような航空会社は、航空機体自体もボーイング、エアバスと同じものを使っていますし、同じ目的地に到達する時間もほぼ同じです。そうすると「提供価値(R)」は同一のものとなります。
そのため、分母(R+PQ)における航空会社の競争は通常、「プロセス価値(PQ)」での勝負になります。たとえば、接客が良い、乗り心地が良い、食事が良い、登場前のラウンジが良い、などです。
ただし、航空会社のなかでもエア・アジアなど格安航空会社については、コストをいかに下げるかという分子側(C+AC)に集中する戦略となります。
2.分子を最小化する戦略
つぎは、分子(C+AC)を最小化する戦略です。
ポーターの戦略論のいうところの「コストリーダーシップ戦略」に該当し、大量生産による規模の経済などを生かして、製品価格を下げることで勝負する事業戦略です。
具体的には、ファストファッションやファーストフード、格安家電などで取られている戦略です。
市場規模が見込めない場合は、コスト削減に限界があり、値下げ競争による体力の消耗戦になるため、中小企業が採用するには注意が必要です。
3.分母を高めつつ、分子を低減する戦略
さいごに、分母を高めつつ、分子を低減する戦略です。
お金をかければ価値が高まるのが通常ですから、コストを削減しながら付加価値を高めるというこの戦略は一見矛盾するように思えます。
しかし、近年はこの戦略で成功する企業が続出しています。例えばサーカスの「シルク・ド・ソレイユ」が良い例です。
一昔前のサーカスは、象やライオンなどの巨獣、ファイヤーを使った危険な演出など、大変コストがかかるものでした。また、移動型テントで各都市を巡るような公演が一般的で、移動の都度設営、マーケティングコストがかかっていました。
しかし、このような旧態然としたサーカスは、コストがかかる割には、どれも似たりよったりで陳腐化したものであり、顧客が得る付加価値は停滞していました。
そこで、シルク・ド・ソレイユは、一切を逆に行くことを決断します。
まず象やライオン、ファイヤーショーを一切排除しました。さらに、ラスベガスにサーカス会場を常設することで移動のコストをなくしました。
つまり従来のサーカスとは逆の手法をとることで、コストカットを果たしました。
さらに一方で、芸術的な演出、音楽、ストーリー性などを取り入れることで顧客が感じる付加価値を高めるました。
このように、「顧客価値の方程式」がいうところの、分母(R+PQ)を高めながら、分子(C+AC)を削減することに成功しています。
さいごに
本記事ではハーバード大学のへスケット教授による「顧客価値の方程式」について解説しました。
個人的には、資金や人員などのリソースが少ない中小企業は、上記3に記述した「分母を高めつつ、分子を低減する戦略」が有効であると感じます。
コストを削減すると同時に付加価値を高める方法は、発想一つで可能となります。
既成観念にとらわれない自由な発想ができるように常日頃心がけたいですね。