【シンガポール・会計】暗号資産(仮想通貨)の会計処理について解説。

暗号資産(Cryptoassets)は、ここ数年で急速に発達したデジタル資産であり、各国でその会計処理について議論されています。

シンガポールにおいては、シンガポール会計協会(Institute of Singapore Chartered Accountants)より、パブリックコメントを盛り込んだ公開草案

暗号通貨の会計基準:保有者側の観点(Accounting for Cryptoassets: From a Holder’s Perspective)

が、2019年11月付にて公開されています。

当記事では、シンガポール会計士協会より公開された当報告書をもとに、シンガポールにおける暗号資産の会計処理について解説したいと思います。

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暗号資産(Cryptoassest)とは

まず、本公開草案において、暗号資産(Cryptoasset)は以下のとおり定義されています。

ブロックチェーンに記録される資産のような、デジタル資産である。交換の媒体(medium of exchange)や保有者に何らかの権利を付与することができる。

暗号通貨(Cryptocurrencies)は暗号資産の代表的な例であり、ブロックチェーンによる交換の媒体として利用される。デジタル化、分散化された公開台帳に全ての暗号通貨取引が記載される。

ブロックチェーンの技術的能力は、資産所有権の追跡、リアルタイムのスリーウェイマッチング技術による中間的・調整的業務の省略、契約の自動化などである。

暗号資産は主にICOまたはマイニングで生成されます。

ICO

Initial Coin Offering(イニシャル・コイン・オファリング)の略称で、企業等がトークンやコインなど独自の暗号通貨を発行し、投資家に販売することで資金を集める資金調達の手法をいう。

マイニング

ブロックチェーン環境において新しいブロックを生成し、その報酬として暗号通貨を付与されることである。

当該暗号資産の定義を基礎に、暗号資産をその性質に応じて分類の上、会計処理を規定しています。

暗号資産の分類

本公開草案では「暗号資産(Cryptoassets)」を「暗号通貨(Cryptocurrencies)」と「その他の暗号資産(Other types of cryptoasests)」に分類します。

「その他の暗号資産」は、さらに「ユーティリティ・トークン(Utility tokens)」「アセット・トークン(Asset tokens)」及び「セキュリティ・トークン(Secrity tokens)」の3つに分類されます。

暗号通貨(Cryptocurrencies)

暗号通貨」とは、「セキュリティにおいて暗号技術が利用されるデジタルまたは仮想通貨」のことです。

暗号通貨は暗号技術により偽造が困難であり、分散化されているという特徴があります。また、暗号通貨は、財またはサービスとの交換または資金の移動に利用されます。

ユーティリティ・トークン(Utility tokens)

ユーティリティ・トークン」は特定の製品またはサービスの享受を目的とするものです。

アセット・トークン(Asset tokens)

アセット・トークン」は、ある資産の権利を分割(トークナイズ: tokenising)して複数の所有者に付与することです。この分割されて発行されたトークンを「アセット・トークン」と呼び、原資産における権利の一部を表象します。

アセット・トークンの例は、不動産や希少材(たとえば絵画や知的財産など)においてトークナイズされた資産です。

セキュリティ・トークン(Security tokens)

セキュリティトークン」は、債権や資本の持分(interest)に類するもので、将来の利益分配やキャッシュフローを享受する権利を与えるものです。

以上が暗号資産の分類ですが、暗号資産の技術領域は急速に進化しており、新しいメカニズムや特徴が継続的に概念化、開発されており、上記の分類にカテゴライズするのが難しいかもしれません。

そのため、上記の区分に係わらず暗号資産の特徴や、暗号資産に付与される主要な権利と義務に基づいて適切な会計処理を行うことが重要であることが公開草案では強調されています。

暗号通貨の保有者における会計処理(Accounting for cryptoassets by the holder)

暗号資産は様々な権利及び義務が付帯しており、正しい会計処理を行うためには正しい評価を行う必要があります。

一方で、現状の会計基準は暗号資産について特に規定したものはなく、いかなる会計処理を行うかについて重要な判断が要求されます。

シンガポール会計基準は国際会計基準(IFRS)と同等のものであるため、暗号資産の会計処理についてもIFRS解釈指針委員会(IFRIC)の見解を参考にしています。

IFRICによる暗号通貨(Cryptocurrencies)の解釈は以下のとおりです。

IFRICによる暗号資産(Cryptocurrencies)の解釈

・暗号通貨は金融資産ではない。なぜなら、「国際会計基準32号 金融商品(IAS 32 Financial Instruments)」におけるパラグラフ11が定義する「金融商品(Financial Instrument)の定義に合致しないためである。特に、暗号通貨は、現状では現金(Cash)の性質を有しておらず、現金ではないと結論づけている。

・暗号通貨は、営業循環過程において売却目的で保有するか否かにより「国際会計基準2号棚卸資産(IAS2 Inventories)」または「国際会計基準38号無形資産(IAS38 Intangible Assets)」に該当する可能性がある。

上記より、暗号通貨(Cryptocurrencies)の会計処理は現状、以下のように取り扱われます。

暗号通貨(Cryptocurrencies)の会計処理

通常の営業循環過程において売買目的である、またはブローカーまたはトレーダーの保有する暗号通貨は、「シンガポール会計基準2号 棚卸資産(FRS2 Inventories)が適用される。


「シンガポール会計基準2号 棚卸資産(FRS2 Inventories)」が該当しない場合は、「シンガポール会計基準38号 無形資産(FRS38 Intangible Assets)」が適用される。

暗号通貨以外の暗号資産の会計処理(Holdings of cryptoassets other than cryptocurrencies)

暗号通貨以外の暗号資産、すなわち「ユーティリティ・トークン」「アセット・トークン」及び「セキュリティ・トークン」の会計処理は、それぞれの性質に従い、以下のとおりの取り扱いとなります。

ユーティリティ・トークン(Utility tokens)の会計処理

ユーティリティ・トークンの保有は支払の手段である必要はなく、将来において財やサービスを享受するものです。

そのため、ユーティリティ・トークンについても営業循環過程において売買目的で保有する場合は「シンガポール会計基準2号 棚卸資産(FRS2 Inventories)」が適用され、無形固定資産の定義及び要件が合致する場合は「シンガポール会計基準38号 無形資産(FRS38 Intangible Assets)」が適用されます。

また、特定の状況においてユーティリティ・トークンが現金その他金融商品に換金、交換できる非金融項目を売買する権利である場合は、「シンガポール会計基準109号 金融商品(FRS109 Financial Instrument)」におけるパラグラフ2.4及び2.5が該当するか検討する必要があります。

上記の会計基準が全て該当しない場合、ユーティリティ・トークンは財またはサービスの提供を受ける前の前払いとしての性質を有するため「前払費用(Prepayment)」として会計処理します。

上記より、ユーティリティ・トークン(Utility Tokens)の会計処理は現状、以下のように取り扱われます。

ユーティリティ・トークンの会計処理

「シンガポール会計基準2号 棚卸資産(FRS2 Inventories)」、「シンガポール会計基準38号 無形資産(FRS38 Intangible Assets)」及び「シンガポール会計基準109号 金融商品(FRS109 Financial Instrument)」へ該当するか検討し、いずれにも該当しない場合は「前払費用(Prepayment)」として会計処理する。
 

アセット・トークン(Asset tokens)の会計処理


ブロックチェーン上のトークンを支配(control)することで、有形または無形の財を支配することができます。

アセット・トークンのブロックチェーンは、どの時点においても変更が不可能である分散化された台帳であり、現在の保有者だけではく、過去の取引や譲渡の記録についても情報を保有しています。

さらに、事前に決められた契約条項に基づいて、中間者なしに「スマート・コントラクト」の自動的執行で譲渡が可能であるという性質があります。

スマート・コントラクト

契約の締結、履行がプログラムによって自動的に執行される仕組みをいう。

ここで、会計基準上の「概念フレームワーク(Conceptual Framework)」において、資産(Asset)は以下のとおり概念化されています。

資産とは(概念フレームワーク)

資産(Asset)とは、過去のイベントによってエンティティによって支配(control)され、将来の経済的便益(future economic benefits)が企業に流入することが期待されるリソースである。

資産の実在性を決定するには、所有権(right of ownership)は重要ではない。例えば、リースで保有する不動産は、企業に将来の経済的便益をもたらすのであれば資産となる。

経済的便益を支配する企業の能力は、通常、法的権利の結果ではあるものの、たとえ法的支配がなくとも上記の資産の定義に該当する可能性がある。

上記の概念フレームワーク及びアセット・トークンの性質に照らすと、アセット・トークンの保有は、有形資産または無形資産、更には原資産(Underlying asset)に対するデジタル法的権利や所有権がない場合でもリース資産に該当する可能性があります。

上記より、アセット・トークン(Asset Tokens)の会計処理は現状、以下のように取り扱われます。

アセット・トークンの会計処理

アセット・トークンが原資産(Underlying asset)への支配を表象するのであれば、原資産(Underlying asset)の会計基準が適用される。
 

セキュリティ・トークン(Security tokens)の会計処理

セキュリティ・トークンの保有により、持分に応じた将来の利益やキャッシュフローの分配を受けることが可能となります。当該分配は、暗号通貨や追加的なセキュリティ・トークンなどの形態でなされます。

この性質は、配当や利息をもたらす伝統的な金融商品であるエクイティ(Equity)や債権(bond)に類似するものです。

一方で、セキュリティ・トークンを金融商品とみなすためには、「シンガポール会計基準32号 金融商品(Financial Instruments)」のパラグラフ11に規定する定義に該当する必要があります。ひとつに「所有者とその他当事者の間における契約により生じたものか」という検討事項があります。

これに関して、「シンガポール会計基準32号 金融商品(Financial Instruments)」のパラグラフ13では以下の通り規定しています。

FRS32 金融商品 パラグラフ13

「契約(contract)」及び「契約上(contractual)」について、2以上の当事者における契約であり、法的強制力により当事者は避ける裁量がほとんどない、経済的帰結をもたらすものである。そのため、金融商品は様々な形態をとり、書面である必要はない。

上記の解釈によれば、アセット・トークンについても同様のことが言えます。つまり、契約書がなくても、「スマート・コントラクト」により、セキュリティ・トークンの発行者及び保有者の間で避けることのできない明確な経済的帰結をもたらし、ゆえに契約または契約上の権利を生じさせます。

上記より、セキュリティ・トークン(Security Tokens)の会計処理は現状、以下のように取り扱われます。

セキュリティ・トークンの会計処理

・「シンガポール会計基準32号 金融商品(Financial Instruments)」に従って、セキュリティ・トークンが金融商品に該当するか検討する。

・該当する場合は、「シンガポール会計基準109号 金融商品(FRS109 Financial Instrument)」を適用し、金融商品の認識及び評価を実施する。

適用すべき会計処理が不明な場合

以上が現状における暗号資産の会計処理となります。

ただし、暗号資産は進化の著しいテクノロジー領域ですので、適用すべき会計基準が不明な場合や存在しない場合は、「シンガポール会計基準8号 会計方針、見積りの変更及び誤謬の訂正(FRS8 Accounting Policies, Changes in Accounting Estimates and Errors)」パラグラフ10〜12を参照に会計方針を決定することが求められます。

なお、当該パラグラフ10〜12には、適用すべき会計方針が不明である場合や存在しない場合にどのように会計方針を策定するかについての留意事項が記載されています。

例えば、資産等の定義や要件から検討すること、他の会計基準設定団体における基準やフレームワークを参考にすることなどです。

評価(measurement)に関する考慮事項

資産は、決算日時点の価値で再評価することが求められます。暗号資産についても各種類に応じて、以下の評価が求められます。

公正価値(Fair value)は、「シンガポール会計基準113号 公正価値評価(FRS113 Fair Value Measurement)」において、

「再評価日時点において市場参加者の間において適切に行なわれる資産の売却、負債の返済についての価格」

であると規定されています。最も信頼のできる公正価格は、「アクティブな市場価格(quoted price in an active market)」となります。

FRS38 無形資産の「再評価モデル」は、暗号資産について「アクティブな市場」がなければ適用することができません。

「アクティブな市場」かどうかは、十分な頻度、取引量があるかで判断されます。暗号資産によっては暗号通貨のみでしか取引できないものも有り、法定通貨との取引には暗号通貨を介して行わなければならないものがあります。この場合、暗号資産の保有者は、当該取引が「アクティブな市場」であるか検討しなければなりません。

さいごに

今回解説した暗号資産の会計処理は、「暗号通貨の会計基準:保有者側の観点(Accounting for Cryptoassets: From a Holder’s Perspective)」の公開草案に基づいたものであり、最終的に決定したものではありません。

また、暗号資産はテクノロジーの進化とともに新しい経済実態が次々と生まれています。

上記を踏まえて、実際の会計処理の適用については専門家と相談の上、慎重に検討することをおすすめします。

関連するガイドライン

シンガポール会計士協会(Institute of Singapore Chartered Accountants

Accounting for Cryptoassets: From a Holder’s Perspective

シンガポール金融庁(Monetary Authority of Singapore: MAS)

A Guide to Digital Token Offering

シンガポール証券取引所(Singapore Exchange Regulation)

Regulators column

シンガポール歳入庁(Inland Revenue Authority of Singapore)

Income tax treatment of digital tokens


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