最近、海外子会社における不正のニュースをよく耳にします。
地理的にも日本から離れており、目が届きにくい海外子会社の管理に悩まれている会社は少なくないのではないでしょうか。
コンプライアンス経営の重要性が高まるなか、グループ全体で不正を防止するモニタリング体制の構築が必要となります。
では、そもそもなぜ不正がおきてしまうのか。
今回は、会社において不正が起きる要因と、海外子会社において特に留意すべき点について解説したいと思います。
不正はなぜ発生する?
会社経営における「不正」は長く研究されており、一般的に「不正のトライアングル理論」で説明されることが多いです。
「不正のトライアングル理論」とは、「不正への動機」「不正を行なう機会」「不正を正当化する意識」の3要素が揃ったときに、不正が実行されるとする理論です。
ポイントは、
「3要素のうち1つでも欠ける(防止できる)状況であれば不正は実行されない」
とする点です。
例えば以下のケースを想定してみます。
―この社員は、会計記帳も担当している。
この社員は、自分で100万円を引き出し、自ら会計記帳することで取引を隠蔽することできます。
そのため、「不正を行なう機会」が存在するといえます。
ところが、このような状況下にあったとしても、ほとんどの人は100万円を銀行から引き出して横領するわけではありません。
この社員が実際に100万円を引き出すには、その理由、たとえば
「子供に手術が必要だけどお金がない」
など、「不正への動機」があるはずです。
おカネを横領できる機会にあって、その必要性(動機)もある。
ここまでくると、不正がおきそうなものですが、この状況下でも実際に不正を実行する人は多くはありません。
それは、人間には、「道徳心・モラル」があるため。
おカネを盗むことは良くないことは常識であり、良心から歯止めがかかります。
さらには、バレたら会社の規則や法律で罰せられるため、そこからも抑止力が働きます。
そこで、不正が実際に行われるに至るには「不正への動機」、「不正を行なう機会」にくわえて、「不正を正当化する意識」が不可欠な要素となります。
例えば、
「どんなことをしてでも手術が必要な子供を助ける」
という考えは、良心に基づいており、
「会社のおカネを横領してはいけない」
という良心より大きなものになりえます。
また、
「どんなにあとで罰せられようとも、今この瞬間に子供の手術を工面するほうが大事」
と考える親がほとんどではないでしょうか。
これが「不正行為を正当化する意識」となります。
このように、不正が実際に行われるに至るには「不正への動機」、「不正を行なう機会」「不正を正当化する意識」の要素が全て満たされる必要があります。
海外子会社特有の不正発生原因
日本の会社でも上記の3要素が揃えば不正は起こりえますが、海外子会社では特に3つの要素が揃いやすい事情があります。
一つずつ見ていきましょう。
海外子会社を管理するにあたって、どのような不正が起こり得るのかを理解することが重要です。 なぜなら、その不正に対して必要十分な内部統制制度を構築するなど、効果的な対策を取ることができるためです。 海外子会社に最低限必要な内部統制については[…]
海外子会社特有の「不正への動機」
1.家計の状況
海外、特に発展途上国では、まだまだ給与の水準は低く、生活必需品が不足している家計は多いです。また、日本のような医療や保険制度が充実していないため、大きな出費が必要となる場合は、不正への動機が高まります。
海外子会社特有の「不正を実行する機会」
1.海外子会社の内部統制が有効ではない
海外子会社は、人的なリソースが不足しているケースが多いです。
そもそも、海外に進出する目的の多くは、進出先の市場でのシェア拡大か、または有利なコストでの製造活動です。
この場合、海外子会社の社員は、販売部門や製造部門で充実させる必要があり、経理や人事、総務など管理部門は必要最低限の人数となります。
そのため、日本で運用しているような会社の内部統制レベルまで充実させることができず、従業員の不正を適切に防止できないことが想定されます。
たとえば、管理部門の人員不足から、現地ローカルの社員に経理と財務の両方を任せているケースです。
この場合、担当者は不正に銀行から資金の引き出した後、あたかも会社の経費のように仮装して、経理処理することができてしまいます。
2.従業員の離職率が高い
日本では少し状況は代わってきてはいるものの、まだまだ終身雇用を前提とした会社は多いですが、一般的に海外(特に東南アジア)ではスキルアップやプロモーションのために転職するのは当たり前です。
従業員が頻繁に交代する場合、会社の内部統制や実務への理解不足から前任者の不正を見逃す可能性が高まります。
また、不正を行った従業員が、発覚から逃れるために離職する場合もあるため注意が必要です。
3.特定の従業員が長期にわたり同じ役割に従事している
頻繁に従業員が代わるのとは反対に、長期間同じ従業員が同じ役割についている場合も不正の機会が増加します。
海外子会社では適切な人材を採用することが難しいため、息のあった社員が何十年も働いてくれることもあります。
現地ローカルの社員で、会社のことをなんでも知っているというのは心強いかぎりですが、長い間同じ業務を任せると不正が発覚することが難しくなります。
よくあるケースは、次のような場合でしょうか。
・購買担当者が取引先と馴れ合い、市況より高い価格で仕入れ、差額を取引先と分け合う。
5.日本本社からのモニタリングが有効でない
海外子会社を適切にモニタリングできている会社は多くありません。
海外子会社からは月次で財務数値だけを日本本社にあげてもらうという会社が多い印象です。
その理由は、モニタリングにかけるマンパワー不足というのもありますが、そもそも国の文化や税・会計などビジネ上の制度が違うため、適切なモニタリング方法がわからないという場合も多い印象です。
海外子会社特有の「不正を正当化する意識」
1.道徳感の違い
当然、国によって道徳感は異なります。多くは宗教から由来する道徳感が優先されます。
たとえば、多くの国において、会社よりも家族を優先するという価値観があります。
この価値観は、会社の利益よりも家族の利益を優先するという「正当化の意識」につながるおそれがあります。
たとえば、会社の販売取引を自分の家族が経営する企業と行い、取引先にとって通常より有利な価格、条件で行ってしまうリスクなどが考えられます。
2.ビジネス慣習の違い
先進国ではすでにほとんど有りえませんが、政府の役人に便宜を図ってもらうために賄賂を送るのが慣習となっている発展途上国があります。
この場合、現地ローカル社員は、賄賂を送るのが悪いことだと理解していない場合も多いです。
ところが、先進国の基準では役人への賄賂は不正行為とみなされるため、もし海外子会社での賄賂が発覚した際には、コンプライアンス上大きなダメージを受けることになります。
3.給与格差
海外子会社では、日本人の駐在員と現地ローカル社員で給与格差があるのが通常です。日本人駐在員は日本での生活を維持するために日本物価水準での給与をもらうことになるのですが、ローカルの従業員からしたら、同じ仕事をしているのにズルいと感じます。
そのため、「不正をしてでも自分が同等の給与をもらうのは悪くない」と考える社員もでてくる可能性があります。
このようなリスクに対処するため、日本人駐在員の給与水準が現地ローカル社員に分からないように配慮する企業は多くあります。
さいごに
上記の「子供の手術費」の例のように、やむを得ず不正に走るケースもあります。
それでも、不正は不正。会社は資産を減少させ、レピュテーションを毀損することになります。
海外子会社においても、不正が起きないような有効な内部統制を構築し、適切なモニタリングを実施することが必要となります。
その上で、やむを得ない事情で資金を必要とする従業員にたいしては適切に救済する制度を整えましょう。