「近い将来、AIに仕事を奪われる。」
そんな話題はここ数年つきません。
そこで今回は、会計経理職に従事する仕事人にとって、AIの発達はどのような影響があるかについて考察してみたいと思います。
「弱いAI」だから大丈夫?
現在勃興しつつあるAIは、いわゆる『弱いAI』と言われています。
「弱いAI」とは、ある特定のタスクにおいてのみ非常に優れたパターン認識や計算機能を発揮するもの。つまり、計算機に予測機能や類推機能がついたものにすぎません。
一方の「強いAI」は汎用型AIといわれ、鉄腕アトムやドラえもんのような、人間を超越してなんでもできてしまうAIですが、現在のAI進化の延長線上では、今のところ技術的に不可能だそうです。
(参考:強いAIと弱いAIとは)
何でもできてしまう「強いAI」が登場した場合は、公認会計士や税理士、会社の経理財務職は転職を考えたほうがいいかもしれませんが、当面「弱いAI」しか出てこなさそうです。
「弱いAI」であっても、単純でロジカルな会計記帳業務や税務計算、会計監査の大部分は自動化できてしまうことでしょう。ただし、人間が判断する部分、例えば「プランニング」や「見積・評価業務」などは直ぐすぐにAIに代替されるということはないため、一つ落ち着いて考えていいと思われます。
とはいうものの、現在技術的に進化しているAIは「予測マシン」であり、将来の予測機能や類推機能が高度に発達しています。
だとしたら、それはそれで、会計経理関係の業務に大きな影響を与えることが予想されます。
どのような影響が考えられるでしょうか。
会計人材業務における数々の予測
会計経理業務は、企業が行った過去の取引を集計、整理して数字に落とし込む作業です。ただし、過去実績値のみではなく、数々の予測や見積もりも行います。例えば、以下のようなものが代表的でしょうか。
1.損失の見積り
会計基準上、過去を起因し、将来損失となりそうなことが合理性をもって見積れる場合、引当金の計上が求められます。これは将来の損失額ですので、「予測」が必要になります。
2.将来の事業計画の予測
企業買収(M&A)における企業価値評価業務などが代表的ですが、企業の価値を評価するにあたって、その企業が将来稼ぎだすキャッシュ・フローを予測する必要があります。この場合は、将来事業計画の検討など、将来予測が求められます。
また、企業会計の実務においても、非上場株式の価値評価や有形固定資産価額の減損検討に際して、同様に将来キャッシュフロー予測が必要となります。
3.資産の評価
資産の評価も予測が必要です。
例えば、棚卸資産が本当に仕入値や製造原価以上の価格で販売できるのか、販売可能性を考慮した正味実現可能価額を見積もります。また、金融商品(オプション等)の時価評価、繰延税金資産の回収可能性など、予測や見積もりに基づいた、合理的客観的な価値を弾き出す必要があります。
AIの予測精度が上がった場合に会計経理職に及ぼす影響
会計経理実務において、上記のような予測・見積業務を行う際、まずは過去のトレンドを参照します。その上で、現在の事業環境を整理し、過去の状況を当てはめた上で将来を予測します。
会計経理業務はアカウンタビリティ(説明責任)が必要となるため、何かしら相手を説得する根拠が必要です。そのため、基本的に将来の予測についても過去の実績に立脚しなければなりません。
このような観点からみると、会計人材の予測に関する業務はAIと相性がよいことになります。
なぜなら、AIによる予測は、過去の膨大なデータからパターンを見出して将来に当てはめることだからです。ただし、AIにおいて精緻な予測を行うには大量のデータが必要となります。
特定の業種や取引に関する膨大なデータが蓄積された場合、人間による見積りはもはや不要となる可能性が想定されます。ただし、企業のおかれた状況やパフォーマンスはユニークであるため、当面は精緻な将来予測の参考になるようなデータの収集は難しいかもしれません。
「見積・評価業務」すらAIに代替される可能性があるシナリオ
上記の理由より、会計経理業務のうち、「見積・評価業務」に関する部分については、まだまだAIの出番ではなさそうです。
ところが、本当にそのように安心しても大丈夫でしょうか。
AIの予測精度が上がり、多くの事象についてAIによる予測が取り入れられる未来を想像してみましょう。
1.予測精度が高度発達するケース
企業データはユニークであり、精緻な予測をするほどのデータが揃わないということ前提としましたが、テクノロジーの発達は恐ろしく早いです。もしかしたら近い将来、AIの予測精度が飛躍的に高ることで、限定されたデータセットからでも精緻な予測が可能となるかもしれません。
AIが大量のデータセットが必要で、会計経理業務の予測についてはまだまだデータ量が少ない、というのは、現状の技術水準を前提としています。テクノロジーは指数関数的に発達するもの。なんらかのブレークスルーを通じて、大量のデータ、いわゆるビックデータがなくてもかなり精緻な予測を立てられるようになる可能性はあります。
2.関連データが大量に供給されるケース
現在ではデータセットが少ないと思われているものでも、必要性が増せば供給が増えることも考えられます。
必要性が増える→誰かにインセンティブを与えてでもデータを得ようとする→供給者が増える
という経済の基本原理に従い、精緻な予測に足るデータセットが供給されることも考えられます。
インターネット上において、一般の人が膨大な情報を無償で提供することなど、2000年位までは想像もできませんでしたが、今やありとあらゆる情報が検索ツールをたたけば入手できるようになっています。
数年のうちに、AIに関連するデータも現在からは想像もつかないレベルで増加していく可能性があります。特に企業の取引データは毎年莫大なデータが蓄積されていきます。数年もすれば、少なくとも現存する製造業やサービス業のビジネスモデルについては、十分なデータが揃いそうです。
3.予測できないことはあきらめるケース
世の中の多くの事柄がAIにより精緻に予測できるようになった場合、逆に予測ができないファジー(曖昧な)部分は人を不安にさせるようになる可能性があります。
それならば、ファジーな部分をなるべくなくしていこうとするのが合理的な判断といえます。このシナリオでは、データセットが足りないファジーな部分はルールを決めて型にはめてしまおうと考えるかもしれません。
そもそも会計経理業務の大半は、このように「説明可能にするために人間が無理やり作ったルール」に基づいているといえます。
例えば貸借対照表一つとっても、数値化が可能な資産のみ計上し、それをもって企業価値としています。
ところが、現代社会においては数量化可能な資産、例えば固定資産や現金の大小ではなく、無形の財産が重要になっています。
例えば、1人の天才によるアイデアで莫大な企業価値が生まれたり、高級ブランドのイメージでものすごい付加価値が創出されます。
これらは、数値化するのが困難であることから現状の企業会計のルールでは目をつぶることになっていますね。Facebookのザッカーバーグが資産勘定に数兆円の価値で計上されることはありませんし、ルイヴィトンのロゴマークがその将来もたらすキャッシュを元に見積計上されることはありません。
事業家も投資家も、このような不完全な財務諸表を基に意思決定しています。
とすれば、将来AIが発達し、多くのことが自動化される中で、自動化できないことはなんらかの折り合いをつけてルール化し、みんなでそれに従うということ流れがあるかもしれません。
専門家が各々自己の主観に基づいて予測するよりかは、何等かのルールにみんなで従ったほうが客観性もあり意思決定しやすいですね。企業会計のルールとはそもそもそういう理由で発達してきています。IFRS(国際会計基準)の導入及び各国による採用、統合の過程を見てみても、やはり将来予測はAIを利用して可能なかぎりである一定のルールに収斂する可能性があります。
以上、AIを予測マシーンとしてとらえた場合の会計経理業務にあたえる影響について考察してみました。
将来を予測するのは非常に難しいため、AIの予測精度が向上することにより会計経理実務に貢献してほしいところです。
ただし、会計経理職に従事する仕事人は、AIが自身の業務に与える影響を理解し、来たるべき事態に準備をする必要があるかもしれません。